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mimiZのライブ情報、音源などを発信していきます。

2016年10月20日(木)

161020 [告知関係です。]

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本日、22日のアート部門上映会のための事前試写、2回目を行いました。

さらに調整して当日に備えます!

Posted by shimaf at 22時11分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

161020 [レポート]

画像(320x213)・拡大画像(800x533)

【私見0】
はたしてこのタイミングで良いのか分かりませんが、今回のメディア芸術祭新潟展のアート部門、エンターテイメント部門で紹介展示されている作品について書いていこうと思います。秋も深まってきているので、ちょっと連投になります。
 今回、文化庁メディア芸術祭新潟展 「記憶と記録のモノ潟り」に集まったアート部門、エンターテイメント部門の作品は新潟展のテーマにもあるように、主に記録や記憶についてじっくりと考えることのできる作品が多数集まりました。また、作品の中の多くは2011年の東日本大震災をきっかけとしているものでもあり、普段当たり前のこととして何の不思議も感じない身の回りの記憶や記録について、個人的には震災後6年目現在にじっくり思いを巡らせてみたいと思います。



【私見1】エンターテイメント部門
・2.5次元マスク(くわがた/岩渕 真紀/宮崎 まり):
「現実と仮想の中間世界(2.5次元)で戯れる」
アニメから出てきたような大きな目、デフォルメされた鼻口のマスクを自ら被って、街中など好きなロケーションで撮影したものを、WEB上にアップロードできるというもの。マンガのような2次元の世界の住人が現実世界(3次元)の街中でポーズを取っている少し不思議な写真がWEB上で公開されています。また、マスクはネット上で公開されている型紙をプリントアウトして自分で制作することも可能です。展示期間中は実際にマスクを被ってみることもできます。
第19回 審査委員会推薦作品




【私見2】エンターテイメント部門
・あいうえお作文RAPプロジェクト
(くろやなぎ てっぺい(NOddIN)):
「RAPでへいわをねがう」
例えば「へいわをねがう」という言葉の一文字一文字にそれぞれ頭文字となる文章を考えてもらいそれをラップで歌い上げる。新潟展開催日の10月10日に行われたワークショップでは「平和とは何か」という根本的なディスカッションから始まり、参加者はそれぞれに平和についてのRAPを発表しました。
あいうえお作文って言葉遊びの一種ですが、考えてみれば不思議な構造を持っています。言葉の情報の圧縮のされ方が結局全て「へいわをねがう」に集約していくわけです。そうして一度まとめておいてからの、それらをRAPというほとんどの日本人には無縁の表現でもう一度拡散させてしまうようなやり方、どこから発想したんだろう。どこか不思議な居心地の悪さによって、みんな笑顔にされちゃうような不思議でピースフルなプロジェクト。
*ワークショップの成果も期間中に映像で公開されています。
第19回 審査委員会推薦作品


【私見3】エンターテイメント部門
・Perfumeライブ「SXSW 2015」
(Perfume/MIKIKO/中田 ヤスタカ/真鍋 大度/花井 裕也/石橋 素/堀井 哲史/菅野 薫):
「ライブ中継表現の新しい可能性」
本展で展示されている映像は記録映像なのでその意図は伝わりにくいかもしれませんが、Perfumeが2015年にアメリカで行ったライブの中継映像を記録したものになっています。仮想空間と現実の映像が激しく入れ替わるような少し不思議な映像がリアルタイムに中継される様は現在あまり見られるものではなく、高い技術力によって支えられたライブ映像となっています。
*展示されている映像は「撮影禁止」だけど面白いからみんな見てね。
第19回 審査委員会推薦作品


【私見4】アート部門

・これは映画ではないらしい(五島 一浩):

「コマのない動画?は映像ではない?」

私たちの身の回りにある映像、動画と呼ばれているものは映画も含め、それらは全て1秒間に何十枚という静止画が高速に切り替わることで成り立っています。いわゆるコマ送り、パラパラ漫画の構造と本質的には同じもので、その構造は動画自体の定義にも関わっています。
ではもしも、コマ送りの存在しない動画を作ることができるとしたら、同じように動く映像であっても、定義的にはそれを動画と呼ぶことはできないのかもしれません。では私たちはそれをなんと呼べばいいのでしょうか。そんな、映像の記録と再生について根本的な発想の転換を行っているのが五島一浩さんのコマのない動画を記録再生させる装置です。まず当たり前と思ってしまいがちな現象に、根本から考える姿勢、僕は好きですねー。

*展示期間中は実際に手に触れて動く映像を再生させることができます。
第18回 優秀賞


【私見5】アート部門
・《 patrinia yellow 》for Clarinet and Computer(福島 諭):
「オミナエシの一年の周期を音楽で表現」
(自分の楽曲なので私見以外の何ものでもありませんが)本作は元々、クラリネットとコンピュータのための楽曲として作曲されました。いわゆる「音楽を作る」という態度で作曲されたものというよりは、植物の一年の周期を音楽的に擬えるという姿勢のものとに作曲法から新たに考案され作られた楽曲です。それは、人が植物について不意に「美しい」と感じることと、音楽について「美しい」と感じることの間の共通性について考えを巡らせた結果でもあります。
クラリネットの演奏音をリアルタイムに録音・加工し楽曲を構成していくため、実際の演奏時には奏者の極めて高い集中力が求められます。ひとつのミスや演奏時の音の状態が最終的な結果に大きく影響を与えるからです。本展では楽曲の演奏時の様子をシミュレーションする形で展示されています。コンピュータ内部で処理されているパラメータの変化なども鑑賞できる仕組みです。言わば、楽曲作品のレプリカのようなものだと思っていただければと思います。
*展示の空間構成と中央の特殊な形状のスピーカはメ芸の東京展の時から高橋悠+高橋香苗(Tangent Design.Inc)さんに協力してもらっています。今回も大変助けられました!
第18回 優秀賞


【私見6】アート部門
・BETWEEN YESTERDAY & TOMORROW(SOL CHORD(前田 真二郎/岡澤 理奈)):

「指示書に基づく5分間の記録方法で複数の作家が参加した複眼的ドキュメント」

『BETWEEN YESTERDAY & TOMORROW』は3.11東日本大震災が発生した2週間後にスタートしたウェブムービー・プロジェクトです。SOL CHORDの前田真二郎さんが呼びかけ人となり、あるひとつの「指示書」をもとに複数の映像作家が5分間の映画を制作、集まったものは順次ネットで公開されていきました。ウェブサイトでは各作家の制作した映画の撮影情報などがアーカイブされその日に起こったニュースなども閲覧可能です。私はこの作品の肝となっている「指示書」の持つ独特の編集方法が大変気になっています。シンプルな構成法なのですが、5分に凝縮される作家自身の体験が大変濃密に現れるように感じるからです。
これらの作品群からオムニバス形式でセレクトされた映画はこれまで各種映画祭でも上映されてきました。
今回の新潟展では5人の映像作家に注目し新たな新作を含む特別セレクション上映が22日(土)に予定されています!

*「BETWEEN YESTERDAY & TOMORROW」の新作を含む特別セレクション上映は10月22日(土)のアート部門上映会でi-mediaのシアターにて行われます!今回のための新作も含んだ、凄いオムニバスに仕上がっていると思われます。多くの人に立ち会ってもらいたい作品上映会です。これだけは言えますが不思議と難解ではありません、僕はこの日、一日限りの体験を多くの方と共有したいです。
第16回 優秀賞


【私見7】アート部門
・CINEMA 〜カメラオブスクラの中で文字を書く〜 (木村 悟之):
「太陽の光の運行、"時間"に立ち会うためのライブパフォーマンス」
今回木村さんは現在の居住先のドイツから一時帰国して、旧齋藤家別邸の蔵の中で数日間新作制作を行いました。作品の着想は、第18回 審査委員会推薦作品であるCINEMA〜カメラオブスクラの中で文字を書く〜 からのアイディアを使用していますが、最終的には今回この蔵でしか成立し得ない新作「TRACE」として展開しています。木村さんは2011年の東北震災と原発事故以降にカメラオブスクラを用いた作品を制作してきたそうです。
“当時、東京に住んでいた僕にとって、事故後数週間の間の被災体験とは、「できるだけ建物の中にとどまる」「放射能に汚染した大気の侵入を防ぐために厚手のカーテンで部屋を閉め切る」「まもなく電気の使用が制限される」といったメディアの指示にひたすら従って生活することでした。”という木村さん。
ピンホールから入ってくるわずかな光がガラス窓に映り込む今現在の映像、その映像のある日の記録映像、静止画(写真)の三つがメインで構成される展示となっています。今回の作品からは、「いまこの時に立ち会う」という事への強い感性を感じました。
第18回 審査委員会推薦作品


【私見8】アート部門 地元招待作品
・INVISIBLE(遠藤 龍):
「何も捉えないことの意味」
震災時メディアの報道はどこか偏向して感じられた、という遠藤龍さん。そうした自身の体験から、メディア報道から取りこぼされるイメージについての考察を作品作りの基本姿勢としているようでした。今回の展示では写真と映像によるインスタレーションとして展開されています。報道によって形作られるイメージがあるならば、報道が伝える情報の速度を持ち合わせていないイメージについて考えてみる。遠藤さんの写真には何か特定の場所を限定できるようなキーワードは含まれないないものばかりですが、「どこでもないもの」は「どこにでも存在している」とイコールで結ばれる既視感を覚えます。震災後に我々が直面している問題は本来どこかで線引きできるものではなく、いまでも極めて身近に存在しているはずなのではないか、しかしそのような感覚を想起することは日常では中々難しいのも事実です。そんな感覚や記憶を呼び起こす方法について考えさせられました。
*「INVISIBLE」の映像作品は10月22日(土)のアート部門上映会でi-mediaのシアターにて上映されます!BYTの上映の後にどのように感じられるのか、僕はとても楽しみにしています。
(地元招待作家)



【私見9】
・MORI 2016(高橋 悠+高橋 香苗):
「大きな時の流れの中で自己を見つめる」
2015年に新潟市内野大神宮で展開されたインスタレーションの最新版。元々は『鎮守の杜』とよばれる神社の参道や本堂を取り囲むように植えられた森林からインスピレーションを受けた作品です。
人間の持つ生死の尺度よりも長い時間の周期を持つ樹木の時間性を3Dプリンターで抽象的に立体化して配置。本展示では一直線上に配置された樹木のオブジェクトの先に鏡が配置され、前方へ昇っていくような形で前後に反転される一列のオブジェクト群が現れます。
そして、その先には鑑賞者自身も映り込むことになるのですが、これは作品のもともと意図する配置方法でもあります。ここが凄いところだと感じました。一つ一つの要素やオブジェクトは個々に見ればそれ自体が極めて特殊ということもないのですが、それらの関係を丁寧に意味づけ配置することによって作品の大きな意味が立ち現れるような繊細な配慮があるのです。ここでは極めて純度の高い構成美によって形作られる何かがあります。是非、会場で作品の前に座りじっくり鑑賞していただきたいです。

*ちなみに2015年に展示された様子も記録映像で流れていますが、当時この3分の動画を編集したのは遠藤龍さんでした。
(地元招待作家)

Posted by shimaf at 02時06分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2016年10月16日(日)

161014-15 [《変容の対象》]

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10月14日
濱地潤一さんへ今月の《変容の対象》10-11小節目を送る。


10月15日(土)に旧齋藤家別邸と安吾風の館によった後、ふと思い立って蔵織へ立ち寄りました。現在、蔵織には新潟のクラシック界における重要なCDショップ「コンチェルト」が入っています。趣のある和風建築の中にクラシックに特化したCDショップがあるという、その形態も面白いなと思っていました。どんな感じなのかな、と思いつつ入ると想像以上に空間に馴染んでおりました。素晴らしい。
先月、G.F.G.S.レーベルよりリリースされたCD「福島諭:室内楽 2011-2015」についての問い合わせがお店に何件か入っていたということは伺っていたので(ありがとうございます)、まずは現物をお届け、ということでお話をしていくと、コンチェルトの佐藤さんはとても丁寧にご対応くださりました。また、CDは結果的に「コンチェルト」さんへ数枚置いてもらう方向になりました。応援ありがとうございます。今回は手持ちがなかったので、CDは後日お届けし、来週くらいから店頭に並ぶ予定です。
是非、西堀前通の「蔵織」内の「コンチェルト」さんにも足をお運びください。

Posted by shimaf at 00時18分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2016年10月09日(日)

搬入日2+調整日1日目 [レポート]

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2016年10月8日、新潟展に向けて旧齋藤家別邸へ作家の五島一浩さん(第18回文化庁メディア芸術祭アート部門優秀賞)と地元招待作家の遠藤龍さんが搬入に来られました。木村悟之さんと、高橋悠さんも引き続き微調整を行い、旧齋藤家別邸での作品は、ほぼ大枠の展示は整った形になります。
木村悟之さんの新作も含め、旧齋藤家別邸に集まった作品を眺めてみると、僕の中で今までぼんやりとしていたテーマが少し明確になって来たように思います。
当たり前に日常にあるものは、それだけではやはり当たり前のものでしかないのですが、普段何気なく存在している日常のマテリアルに何かしらの視点を与えて、それらの要素をうまく組み合わせること。それによって単なるマテリアルだった要素が意味を持ちメディウムに変容してしてしまう領域があること、、そんなことをとても意識させられました。
今回、実際に各作家さんと接する中で、少し前までは先端と呼ばれていた領域表現に簡単に飛びつくのではなくて、それを選ばずにじっくり自分たちの視点を見つけるような姿勢をとても強く感じます。実際、集まった作品もそれ自体の構成している要素は必ずしもハイテクノロジーを駆使したものではないのですが、そこから浮かび上がってくるものはじんわりと新たな視点を提示するものでもあるようです。あえて言ってみれば「全然新しくないものから新しいものが染み出ている」感じを受けるのです。

そう考えると、《patrinia yellow》の展示方法で使われているPC自体がなんだか一歩遅れて見えるような気がして、でもそう思えたことは僕自身にとってはちょっと嬉しいことでもありました。こういう心境はうまく説明できないけれど、清々しく負けられたという感じ。

今日、木村悟之さんは「理想を言えば、3年後にはパソコンを使わずに表現したい」と仰っていてそれが実現可能なものなのかは木村さんも僕も分からないけれど、何か新しいものの動き始めを感じられた夜でした。明日は最終調整日です。

Posted by shimaf at 00時43分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

161008 [《変容の対象》]

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濱地潤一さんへ今月の《変容の対象》の2-3小節目を送る。

(今月は1小節目のテンポ設定が今月は四分音符=130と早めだったのでかなり目が回りそうな展開。1小節目を書いたときは確かに求める早さだったのだけど。。)

Posted by shimaf at 00時01分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

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