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mimiZのライブ情報、音源などを発信していきます。

2015年09月28日(月)

150927 [《変容の対象》]

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27日の夜に濱地潤一さんへ6−7小節目を送る。

Posted by shimaf at 17時32分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2015年09月26日(土)

150926 [《変容の対象》]

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その後、《変容の対象》の応答は書けないでいる。ここ数日、車移動しなければいけず、腰を据えて作業できていない。運転は眠くなるしあまりよくない。さすがに移動疲れがとれないようなので、昨日は思い切って早く寝てみた。


また中古レコードの話になるが、サラマンカホールでの発表を終えて少し落ち着いた頃に何枚か購入した。オーボエの協奏曲でモーツアルトとリヒャルト・シュトラウスのものがA・B面にそれぞれ納められたものが特に印象的だった。奏者はハインツ・ホリガー。

リヒャルト・シュトラウスは歌曲でもすばらしい作品を残している。大学の頃に同期や先生が歌われているのを聴いて心が動かされたのを未だに記憶している。また、一方で後期ロマン派の限りなく無調に近い作品も残している作曲家であり、あとは、映画「2001年宇宙の旅」に楽曲が使用されて有名なのも少し別の文脈かもしれないが忘れられない。とにかく個人的には気になりはしつつも、すこしどこに焦点を当てていいか分からない作曲家でもあった。

今回のオーボエ協奏曲は、晩年に進められたとされる新古典主義などへ傾倒が色濃くみられる。モーツアルトの協奏曲と並べられてもほとんど遜色のない体裁の楽曲として聴けた。むしろ、極めて限られた印象的な動機のみ(おそらく2つほどに還元できるのではないか)を使用してここまで豊かに、しかも大きな逸脱を含まずに構成されている楽曲にすっかり魅せられてしまった。新古典主義というと個人的にはストラヴィンスキーの楽曲をいくつか思い浮かべてしまうのだけれど、模倣と顕示(自己か音楽的欲求によるかは分からないにせよ)の綯い交ぜになった音楽としても見れるなぁと、そんな理解だったのだけど、そういうイメージも払拭してくれた。
結局、無調主義的な領域には行かずに引き返した作曲家として、その理由も納得させられる気すらする。

聞き込んだ印象がないにせよ、かつて買ったCDにもこの協奏曲が入っているものがあり、ここ数日はリヒャルト・シュトラウスのオーボエ協奏曲を聞き比べたりしていた。


+
クラシック音楽の体験として大きな関心を持ってくるきっかけは、最近はもっぱらレコードという媒体なのが不思議だなとも思います。

Posted by shimaf at 08時52分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2015年09月24日(木)

150924 [《変容の対象》]

画像(320x213)・拡大画像(800x533)

濱地潤一さんより今月の《変容の対象》5−6小節目を受け取る。
なお今月は冒頭文は記載していない。

Posted by shimaf at 08時51分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2015年09月21日(月)

150921 [《変容の対象》]

濱地潤一さんへ今月の《変容の対象》4-5小節目を送る。今回は少し時間を置いたが、21日に日付の変わった頃書き出して一応書き終わり寝て、朝確認してそのまま送った。

Posted by shimaf at 09時30分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2015年09月20日(日)

サラマンカホール音楽祭2015 [レポート]

2015年9月12日、岐阜のサラマンカ・ホールで演奏を終えてからもう一週間も経っている。
同行した父は今でもあれこれコンサートでのことを質問してくれる。お互い全ての理解は難しくともそれぞれに何か気になった点を持ち帰って後日あれこれ話せるのは楽しい。私の理解を超えて父のほうが鋭く捉えている場合もあり、なるほどと思う。勿論、「これからは私もサイコロをふって作曲してみたい」などと文脈的には少し間違った発言をしたりもするけれど、創作意欲を刺激されたならそれが全てではないだろうかと思い、是非やってくださいと答えたりもする。

個人的には3日目の催しに参加できなかったことが悔やまれるが、1日目のピエール・アンリ、2日目の美術館でのサテライトコンサート、サラマンカホールでのコンサート、そして《春、十五葉》の本番を通して大変多くのものを得た。

全ては書ききれないけれど、自分にとって大きかった柱はいくつか心に留まっている。

+
11日、ピエール・アンリの個展と言えるコンサート。新潟を朝早く出発して昼過ぎに岐阜に到着。ホテルで少し休んでから両親とサラマンカホールへ。公演前に別室で約1時間のピエール・アンリのドキュメンタリー映像が上映されていたが、幸いにもその上映会は始まったばかりだったので観ることもできた。私にとってピエール・アンリはピエール・シェフェールと共に具体音楽(ミュージック・コンクレート)を進めた人物の1人という認識で、学生の頃CDを1枚購入したけれど以降はそれほど興味を向ける対象ではなくなっていた。しかし、今回のドキュメンタリー映像を見て、私の中でこれまで抱いていた人物像とまるで違うことがわかり、何かが腑に落ち、実際にその後のコンサートに向う姿勢も全く違うものになったように感じている。
コンサートの始まる30分前に三輪眞弘氏と川崎弘二氏によるプレトークがあり、父は熱心にメモをとっていた。
ホールいっぱいに配置されたスピーカを檜垣智也さんのアクースモニウム演奏によって作品は上演された。これほどまで集中力が維持された経験もなかったから、作曲者の人物像が朧げながら事前に意識できていたこと、作品自体の魅力、それに加えて檜垣さんの手腕という三つの要素が合わさって大変濃厚な演奏会だった。コンサート全編を通して、使用スピーカの組み合わせはほとんど重複していなかったように感じられ、常に新鮮さを保っていた。だからこそ、それがもともと作品自体の要求によるものなのか、あるいはコンサート全体の構成上の配慮からなのか、または全く別の観点からなのかという疑問は残った。しかしながら、アンリの作品自体は2chステレオで再生されているはずであるにも関わらず、フルートのような高い音域の音はホール天井から、低い重厚な音域の音は下から響いてくる場面があり驚いた。音に縦の関係が結ばれる場合はまれにあり、それにはいつも理解の範囲を超えた不思議な時間になる。
終演後、父が興奮気味に"良かった"、"やはり本物は違う"、などと連呼するのでどの部分に一番反応しているのかを知りたくなった。そのひとつに"音が多いんだ"という評価基準があるようで、(こちらは努めて音数を少なく整理して構成したいと常々考えている身として、)それだけは少し納得がいかず不満を述べた。

+
ソプラノ さかいれいしうさんの存在。
IAMASの私より少しだけ上の年代には、さかいれいしうさんがいて、今回のフェスティバル中いくつかの作品にも参加されていた。強く印象づけられたのは時間の積み重ね、その年輪が一回りしたような感覚受け、そこから過去のある地点を少し覗かせてもらうような体験をしたことだった。三輪眞弘氏のモノローグ・オペラ「新しい時代」は2000年に初演されているから、その頃私は新潟でその存在を知らずに過ごしていたことになるのだけれど、IAMAS入学後に記録映像やCD等からそのオペラの存在を知ることになった。映像作家・前田真二郎さんはじめ初演に関わった当時の関係者もコンサートには来られていたし、やはり特別なオペラであったのだろうという、言葉にしがたいニュアンスがその音楽から伝わってきた。
また、フォルマント兄弟名義での演目、ペルゴレージ作曲の「スターバト・マーテル」を生で聴いた。今年に入って濱地潤一さんが興奮気味にフォルマント兄弟の「スターバト・マーテル」のことを仰っていて、そのため今年は私も「スターバト・マーテル」自体について少し調べたりもしていた。中古のレコードでは様々な作曲家の「スターバト・マーテル」を見つけることもでき、簡単な聴き比べもしたが、ペルゴレージ作曲の「スターバト・マーテル」は確かに独特の魅力を持っているように思った。れいしうさんのノンビブラートの歌唱法よる声と、フォルマント兄弟発案のシステム(MIDIアコーディオンによって演奏される)から発せられるコンピュータの「声」による2重唱。美しかった。問題は音響合成による音波が「声」や「歌」として認識されるとして、そこに宿っていたものがつまり一体何からもたらされるものなのかをもっと知りたくなった。

12日の11時から岐阜県美術館にて関連イベントであるサテライトコンサートが行われた。私も時間的に都合がついたので両親と足を運んだ。
前田真二郎さん主導のコンサートで公開記録会という形態をとっていた。美術館内の空間に複数のカメラと録音機が囲む中で公演は行われた。前田真二郎さんとはここではご挨拶できなかったが、横顔の瞳の感じが以前と少し印象が変わって柔らかく透明に感じられたのが印象的だった。
安野太郎さんのゾンビ音楽は今回で4回ほど観ているが、MIDI制御などで結構な進化を遂げていた。音響的にも以前より微妙な音程が何度も再現されるので、彼はこの独自の(bit運指による)音階をもはやすっかり手に入れてしまったんだ、という気がした。楽曲中も、独特の音程で響きあうゾンビリコーダーの和音が多く発見された。
そして、コンサート冒頭は松井茂氏の音声詩「時の声」の朗読。ここで詩の朗読を行う方は、さかいれいしうさん。朗読前に松井さんによる作品の解説があり、それによって、あぁこれは「詩の構造」についての詩(行為)だったのか、という大きな気付きがあった。おおよそ作品の成り立ちは、まず松井さん自身による音響詩(ミュージック・コンクレート)があり、それを当時のさかいれいしうさんに聴いてもらいながら、(音に対応した)おのぱとぺを言葉にしてもらう。それを、文字おこし(テープおこし)を専門にしている方に文字にしてもらい、、、。といういくつかの他者の介在による変換作業を経て「音声詩」は出来上がっていると言う。実は私は2009年頃に、東京のphotographers' galleryで展示されていた「音声詩」を濱地潤一さん等と観に行っている。そこで展示されているパネルの文字、その曲線的なフォントの印象が強く残っているのだけれど、その曲線的なひらがなの印象と詩人・松井茂氏のイメージが自分の中では同一化できずちょっとした違和感として残っていた。しかし、今回このコンサートを通じて、もともとそのような同一化が目的だったのではなく、むしろ、そのパネルの成立に必要だった行程を遡るとひとつの音響にたどり着く、その関係性にこそ詩が宿るのだ、というように理解した。当時も解説を読んでるはずだけれど、、実感として理解できていなかった。
思えば、詩というのはもともと一般に詩人の心に沸き起こった心象を言葉に変換したものと理解されているであろう。その詩を読む人の心に何かしらの心象が沸き上がるものがあるかどうかは別の問題としても、本来、その詩人の心の中はブラックボックスであり覗くことはできない。そのような構造的な制約を前提にしていること自体が、「詩なのである」と思った瞬間に、世の中の至る所に詩は存在するような気持がして少し勇気が湧いた。
そして、今回「音声詩」の朗読を勤めるのはさかいれいしうさんであるということが、作品にまた少し不思議なニュアンスを加えていると思われた。れいしうさんはこの詩の原型といえる音響に対して声の変換行為を及ぼした、この詩の成立において重要な役割をもっている人である。時間を超えて入れ子になったさかいれいしうさんの2重の朗読を私たちは聴いていた、ということなのだろうか。詩の朗読、というものでこれまで感じたことのない時間感覚をこの日に味わったのは間違いない。

様々な時間の交錯を感じる2日間だった。

Posted by shimaf at 09時16分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

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