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mimiZのライブ情報、音源などを発信していきます。

2015年08月12日(水)

150811 [《変容の対象》]

8月11日の夜、5-6小節目を送る。今回はテンポ指定が比較的早いこともあり、間合いが難しく、諸々考えてpianoが弾かない範囲として6小節目を考えた。
拍の指定のみをして音符は書き込まなかった。
曲の終わりにこういうことをすることはあったが、途中の、しかも冒頭付近でこのようにすることはなかったと思う。



セロニアス・モンクのアルバムはその後、ジョニー・グリフィンが参加しているものを聴きなおしたら、テンポ感がタイトにしっかりとしていて、歯切れよく、良いなと思っていろいろ聴いていた。でも結局、何となく物足りなくなってこの物足りなさは何だろうなと思う。あるいは満たされ過ぎているのかもしれない。
そこから「アンダーグラウンド」をもう一回聴きなおすと、テンポは緩く聴こえるし、アルバムとしても何かが足りないと思うものがあるが、ただこの「もの足らなさ」の中にある気配は独特で、他ではなかなか聴かないとも思う。

808stateの「Gorgeous」を聴きかえした。当時はよく分からない衝撃をうけて魅力も感じていたけれど、この音楽世界のすべてを好きになることはできなかった。それぞれの曲のリズムは存在感があるが何となく少しもたついて聴こえたし、様々な音ネタを切り貼りする手法が理解の範囲を超えていて少し不穏な気持にさせられたような気がする。ただ、この理解の範囲を超えた所に面白みがあったのは間違いはなくて、それがなければ聴く価値もないのだ。決して暗いアルバムではないから何度となく聴いたし、何か得るものがある気がしたので理解を深めようと努力したけれど結局何一つまねることはできなかった。

今はまた違った聴き方をしているのは明らかだった。さすがに何度も聴いたおかげでほとんど細部まで覚えてはいたが、何が当時不穏な気持にさせた要素なのか、なども含めてもう少し冷静に聴いた。
冒頭の曲("Plan 9")はクラシックギターの簡単な単旋律が大きく使われている。良い環境で録音されていたであろうことが音から伝わって嬉しくなり、まぁこのジャンルでは特殊だけど名曲だよな、とちょっと懐かしがったりもした。

Posted by shimaf at 08時40分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2015年08月10日(月)

150810 [《変容の対象》]

今月の《変容の対象》濱地潤一さんからの動機(1音のみ)から始まって、音数少なく進行中。先ほど3−4小節目(pianoパート)を送った。

+

食欲は戻ってきたが、喉がガラガラする。

Posted by shimaf at 21時22分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2015年08月06日(木)

オミナエシ [福系]

自宅近くの畑に今年も女郎花が咲き始めた。

Posted by shimaf at 08時30分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2015年08月05日(水)

150804-05 [福系]

気にしないようにしていたがどうやら少し夏バテぎみのようだ。
たまに立ちくらみが起こる。毎年体調を崩しがちな6月は乗り切ったのに残念だ。まだ寝込むほどではないから頑張ろう。


ここ数日は新潟もとても暑く、車の車内でかけるCDは何が良いか迷う。4日に何となく選んだのは808 stateの「Outpost Transmission 」で、2002年のアルバムだった。
買った当時はたぶんまともに聴くことができず、おそらくほとんど聴かなかった。実際、冒頭の印象は何となく覚えていたが以降はほとんど新譜として聴いた。

今聴けば、リズムのポリフォニックな扱いに相当意識的なアルバムで、新鮮さは感じられるし決して悪いアルバムとも思えない。むしろ今の気分にはとても合っているようにも感じられた。ただ、こういうアルバムがその後シーンの主役になるような流れを作らなかったのは残念な気もするが、それは2002年当時のシーンの全体的気分というものが単に選択を拒んだということだろうから、そういうものなのだろう。実際当時は個人的にもこうした音に食傷気味だったと思う。

いま、こういう音楽を支えるシーンがあるのかさえ分からないが、実際、今周りで何となく耳にする(大衆的な?)音楽よりは遥かに創意を感じる試みがなされているのは間違いなく分かり、その関係性のあり方がユニークだと感じた。

周りが何も無くなって、例えば音質処理の文脈が一旦断絶してしまった後になって、初めて新鮮さを持つアプローチが明確になってくるということだろうか。



そういった意味で、今は何もないのだからもっと創意を感じられるものがどんどん出てきてもおかしくないのかもしれないけれど。
音楽はどうなっているのか。



Noismの先日の公演「箱入り娘」には、"見る"という行為に関する多角的な表現が練り込まれていて唸った。"見る"という動機が幾層にも絡み合う前半から中盤まではほとんど音楽として鑑賞した。カメラの視点の暴力性も含めて、映像に関わる仕事をしている人にも見てほしい舞台だと思った。

また結局、今の時勢というものに対しても"見る"というメタファー自体が作用していて、舞台は「しっかりと見据えて生きる」というような行為を連想させるようなものに変容してしまうものでもあった。これは明らかに時勢からの影響を受けた舞台だったとも言えるし、それを意識的に扱ったのかどうかは分からないにしても、こういう呼吸を持った作品であるならばやはり今だからこそ観ておきたい作品だということなのだと思う。
事前にその辺りを明確にした広報が行われたかどうかは分からないけれど、意識的であったのならもっと自信を持って強く問うても良かったのではないかとも思う。

ただ、作品はそういった時勢とはある程度距離を持っているほうが好ましいという考えも分かるし、それは理解しているつもりであるが。
それだけ一方で多くの可能性を感じる要素が断片的に過ぎていく驚くべき舞台だったと思うし、そしてこれは私の思い違いではないことを望んでいるだけである。

Posted by shimaf at 08時22分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2015年08月02日(日)

みずつち座談会第2回 [告知関係です。]

みずつち座談会第2回 「新潟アート 映像表現と音楽表現の現在」

リンクが見つけられなくて事前にここに貼れませんでした。

無事終了致しました。

吉原悠博 さま、進行の 藤由暁男さま、ご来場くださった皆様、スタッフの皆様、大変ありがとうございました。

Posted by shimaf at 08時22分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

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FM NIIGATAさんにてライブ音源OA。

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《Amorphous ring I》楽譜作成中。

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