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mimiZのライブ情報、音源などを発信していきます。

2014年07月31日(木)

140731 [《変容の対象》]

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2014年7月31日の朝、濱地潤一さんへ25-26小節目を送った。

まだやり足りない可能性も感じつつ、ただ、残り時間も考えて
fineを想定して書いた。

Posted by shimaf at 14時32分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2014年07月29日(火)

140729 [《変容の対象》]

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濱地潤一さんへ23-24小節目を送る。2014年7月29日の朝に書き、お昼に送った。

Posted by shimaf at 13時40分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2014年07月28日(月)

140728 [《変容の対象》]

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朝、21-22小節目を送る。



Mimizの本番がもうすぐなので、朝からプログラミングを進めている。どのような処理を使いどうまとめるか、。作業中にMimizのLayered Sessionを久しぶりに聴きかえした。これを今の3人で超えられるのか?と思って少し恐くなる。集中の仕方やプログラムされた処理への入り込み方をもっと深くしないといけない、と反省した。

Posted by shimaf at 10時43分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2014年07月26日(土)

140726 [《変容の対象》]

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2014年7月26日の朝、濱地潤一さんへ今月の《変容の対象》19-20小節目を送る。



快晴だったがまだ湿度は高い、ちょっと非現実的な感じさえする日中に車で新潟に向かう。車内のハンドルは最初握れないほど熱くなっていた。

14時からトリオ・ベルガルモの結成10周年記念コンサートが、だいしホールで行われる。

車内ではグールドの弾くBACH、Partita No.3 in A Minorなど聴いた。音数は少ないが意識すれば情報量は非常に密度が高くなる。そんな曲がこういう日にはあっているような気がしたし、実際落ち着いた気持で運転できた。途中、これほどまでに叙情的に迫ってくる原因は、BACHなのかグールドなのかよく分からなくなるが、考えるをやめた。


トリオ・ベルガルモの結成10周年記念コンサート

プログラムは
J.N.フンメル作曲 ピアノ三重奏曲 へ長調 op.22
G.フォーレ作曲 ピアノ三重奏曲 二短調 op.120
P.チャイコフスキー作曲 ピアノ三重奏曲 イ短調「偉大な芸術家の思い出に」op.50

270席近い会場は満席。開演10分前についたので前の方の席しかなかったが、しかし悪くない席を見つけて座る。

- J.N.フンメル作曲 ピアノ三重奏曲 へ長調 op.22
演奏が開始された瞬間、自分の耳が上手く開いていないような気がする。席が前過ぎるのかホールの響きとの兼ね合いなど、全体的なバランスが上手く把握できていないような気がする。ピアノはやや奥まった印象。しかし、一旦そのバランスに耳も慣れてくると大変楽しく聴くことができた。フンメルはモーツァルトの内弟子ということ、当時大変人気のあった作曲家という。
第三楽章にはトルコ行進曲が引用されている。モーツアルトのトルコ行進曲のポップさとはまた違うもので、当時流行したトルコ行進曲がどのようなものだったか知らない私からしたら、モーツアルトのトルコ行進曲とフンメルのトルコ行進曲とに共通の音楽要素を見つけてその先にあるトルコ行進曲の原型を想像するような楽しさを得ながら聴くような体験だった。

- G.フォーレ作曲 ピアノ三重奏曲 二短調 op.120
第一楽章、冒頭の和音からピアノの音色がまるで違う。フォーレの透明感ある響きの印象ととてもあっているような気がした。
ここでようやく、あぁ、作曲家の意図や時代背景にあわせて演奏法を変えているのだと理解する。前に聴いた時もそのような印象を受けたことを思い出し、あらためてこのトリオに私は音楽の素晴らしさ(音楽に対する奏者の姿勢の正しさ)を教えてもらっているという気持ちになる。

フォーレの第一楽章、ヴァイオリンとチェロのユニゾンがとても美しく、目頭が熱くなった。

いつの時代であれ、作曲家の残した音楽の情報は非常に限定されたものであるに違いないと思う。その意味で「それ」は作曲家自身ではないし、同一視しすぎるべきでもないと思う。その楽曲を作った人物が実際どのような人間だったかはそれほど問題にしなくていい。というのも、その限定された情報の中だからこそ、初めて生まれてくる領域があると思っているからだ。

(例えばTwitterなどに当初感じた違和感のようなもの、発言情報と発言者との間の印象の乖離、それを自分の中で未整理のまま日常接することに対する違和感などは、それらを同一視しすぎない事で解消される。限られた情報の上で成り立っているものには別の人格や性格が宿るものだ、と考えた方が自然に感じられる、というのが最近の個人的な立場だ。)

そうした作曲家が残した「それ」から、奏者が音楽を立ち上げようとする作業はやはりCDの再生とは全く違うことになる。フォーレの第一楽章、ヴァイオリンとチェロのユニゾン、同じ高さの音が同じように演奏される、それだけのことにこれほど心が動くのはなぜなのか。作曲家が残したその簡単な約束が、人間にはとても難しいことだからだ。

トリオ・ベルガルモの三名の奏者の息がぴったり合った瞬間はとても大きな音楽のエネルギーが生まれてくるような印象を受ける、それはこれまでにも何度か経験している。そのような時には、時代も場所も違う作曲家の意思がトリオを素敵に演出しているようにさえ感じられるのだから不思議だ。


- P.チャイコフスキー作曲 ピアノ三重奏曲 イ短調「偉大な芸術家の思い出に」op.50 〜
20分の休憩後、チャイコフスキーのピアノ三重奏曲。ニコライ・ルビンシテインへ捧げられたピアノ三重奏曲。
全2楽章からなり、2楽章の主題と変奏の中でも印象が大きく2部に別れるように聴いた。この演奏でも音色の印象がプログラム前半とは違うものだった。
このピアノ三重奏曲でも、(オクターブは違ったようだが)ヴァイオリンとチェロのユニゾンが用いられている。第2楽章のどこかの変奏で目頭がまた熱くなる。



アンコールではラフマニノフの6手のワルツを3人で。
そしてパッヘルベルのカノンで終演。

ピアノというひとつの楽器を使うと、3人全く違う身体を持っていることが強調されて微笑ましく聴いた。それが一旦自分の楽器に戻れば3人の息がぴったり馴染む様子もとても良い。最後のカノンはいつかの演奏会のアンコールでもあったけれど、そのときよりもさらに良く響きあっている印象を持ちました。


終演後、プロダクトデザイナー/美術家の高橋悠さん香苗さんご夫妻に会場で会う。同じ演奏を共有できたことを嬉しく思った。
ロビーにトリオの3人が挨拶に出られていたので、声をかけようかと思ったが、人だかりだったので会場を出た。高橋ご夫妻と別れて携帯をみると濱地潤一さんからメールが入っており、ピアニストの石井朋子さんに会うようならよろしく、と書かれている。そうだよな、と思って、引き返し、あらためてロビーでご挨拶させてもらう。素晴らしい演奏をありがとうございました。

10年の節目を心より祝福したいと思います。
そしてまた次の10年へ向け無理なく着実に進んで行ってほしいと感じました。

Posted by shimaf at 21時11分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2014年07月25日(金)

140725 [《変容の対象》]

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17-18小節目を送る。

Posted by shimaf at 23時32分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

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Feb.18,2008 2人mimiz(tobi+fukushima)@K.D Japon

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