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mimiZのライブ情報、音源などを発信していきます。

2012年04月23日(月)

120419-23 [《変容の対象》]

画像(320x213)・拡大画像(800x533)

2012年4月19日:濱地潤一さんより5−6小節目を受け取っていました。
http://d.hatena.ne.jp/hamajijune/20120418


数日なにか気持が定まらない日々が続き、やっと方針をまとめる。

2012年4月23日:6−7小節目を送る。

Posted by shimaf at 23時22分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2012年04月20日(金)

120330-0420 [レポート]

画像(320x213)・拡大画像(800x533)

2012年にOrbitalが8年ぶりのアルバムを発表したので結局最近は聴ける時間はそればかり聴いている。

その後、YouTubeなどで偶然Orbitalの最近のライブなどが上がっていたので観たが、最初の印象はハートノル兄弟のお兄さんのほうが随分老けたなということだった。こちらとしてはGLASTONBURYでのライブ(2004年まで、DVDが発売されていた。)の印象しかないのだから当然かもしれないが。



2012年3月30日:東京のplanBで行われた櫻井郁也さんのsoloダンスを観に行く事ができた。
櫻井さんのダンスを観るのは今回が2回目だった。単独公演ということもあり、時間、空間を充分使ったとても充実したもので集中して観ることができたと思う。
布に覆われた人物がゆっくり歩き登場する、一瞬どちらが前で後ろなのかも分からない形態にみえる。非常に存在(生死)の曖昧な状態のように感じた。
やがてそこから顔の一部が表れる。顔は上方を向き、澄んだ眼がみえた。個人的には最も劇的で美しいシーンだった。
また、上半身が表れた段階で感じたのは、櫻井さんの筋肉のありかただった。舞踏に必要かつ充分な筋肉がいかほどなのか分からないが、過剰な筋肉もついていないが、決して貧弱なわけでもない、やはりこれは櫻井さんが櫻井さんの舞踏で必要なだけの筋肉を多くの時間をかけて維持してこようと思わなければあり得ない形なのだと感じて心打たれた。身体は時間を有しているし、それは情報の流れる速度に比べれば格段に遅い。僕がもし明日までに強靭な筋肉を持とうと思っても決して叶わないのだ。
櫻井さんの舞踏では櫻井さん自らが自分の身体を虐めるように感じるところがある。そして、それは決定的に「まだ生きてい」ると言う事を感じさせるものだ。
櫻井さんは今回の公演で、2011年の震災のことに触れていた。しかし、私自身としては櫻井さんの舞踏は震災前も後もそれほど劇的な変化はしていないと思う。変わったと思うならばそれは観る側の問題であるのだろうし、それだけ櫻井さんは舞踏を通して常に「備えて」きたかたなのだと思った。

また、今回の公演で印象的だったものは衣装だった。上手く形容できないが、衣装からは女性の雰囲気を感じた。櫻井さんは男性であり、その総体としての舞踏が時に非常に中性的な様相をみせていた。舞踏後半はそうした、様々な性の存在が表れては消えて時には渾然となって迫ってくるようだった。

その数日前の能勢山さんのライブの音との繋がりも感じる不思議な時間であった。



Orbitalの最初の印象はハートノル兄弟のお兄さんのほうが随分老けたなということだった。しかし、演奏中に音楽にあわせて動かす身体の様子を見ていると、かつての姿が蘇ってくるようだった。身体は老いるが、内部で刻まれているもの、留まってゆくものはいったい何だろうか。


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Posted by shimaf at 09時44分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2012年04月17日(火)

120417 [福系]

画像(320x213)・拡大画像(800x533)

必要にかられて、久しぶりに《Amorphous ring II》('10)の制作メモを読み直す。

未解決の問題も含んでいるが、概ね明確な処理構造を持っている。整理してまとめたい。

Posted by shimaf at 23時47分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2012年04月16日(月)

120416 [《変容の対象》]

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濱地潤一さんへ《変容の対象》2012年4月の4-5小節目(ピアノパート)を送る。

3-4小節目(サックスパート)は4月14日に受け取っていた。
http://d.hatena.ne.jp/hamajijune/20120414




+++
偶然見つけましたが、とても感じ入るものがありました。

津上研太×市野元彦DUO 「What a wonderful world」 11.03.18

Posted by shimaf at 23時34分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2012年04月13日(金)

120413 [福系]

画像(213x320)・拡大画像(533x800)

去年(2011年)の暮れに3分程度の映像を作る機会があった。映像はやっぱり難しいなとつくづく感じさせられた。自分の余計な念のようなものが入ってしまって、取り返しがつかない。どう修正すべきかも分からない。観たくないものがどんどん入ってしまう。

思えば10代の頃に作っていた曲などにはそういうものがたくさん刻まれていて、今聴いても最初こそ俯瞰しつつ聴けたとしても、やがて疲れてしまう。

結局、そうした思いのようなものに突き動かされて作っていたわけだから、当然そういうものが入ってしまってもしようがないのだけど、自分ではそれを受け入れられないという悪循環は常につきまとっていた。

衝動の発露や感情の記録としての映像/音楽というものがあって然るべきかもしれないが、いずれにしろ明確な方向性を獲得していないと焦点がぶれてしまって結局難しい結果になると今は思っている。



記録映像だけとってみても、(幸運にも、映像を専門にしている方たちからいただいた)ものを観るだけでも毎回いくつかの気づきが得られるので勉強になる。まずはどんな質感を感じたか、何が効果しているか、そしてそれらの差異は何かを考えなければいけない。大抵はすぐには言語化できないのだけれど、半年とか1年後とかにふと反芻してみたくなるようなものを持っているのだ。これは作品としてはすばらしいことだと思う。



2月の恵比寿での上映会の時に、ウエヤマトモコさんから受け取っていたCDRをようやくゆっくり聴いた。オリジナルは、さかいれいしうさんが2003年にまとめられたもののようだ。今までさかいれいしうさんの声は三輪眞弘さんのCDや、ライブ演奏で何度か耳にしていて奇麗な声だとは思っていたけれど、ここでの声はもう一歩進んだもの、深い地点におかれた声のように感じた。収録された曲の多くが過去の時間と繋がっているような気持ちで聴いた。その繋がり方は様々である。1990年後半から2000年あたりのある種の閉塞した感覚を(これは自分自身も体験した)彷彿とさせるものがあると思えば、もっと以前の、声の、歌の根源までもさかのぼるのではないかというような質感のものもあった。たぶんこれは歌声の妙なのだと感じさせられた。
最後の曲はウエヤマトモコさんがさかいれいしうさんの声を使った曲になっている。このvoiceという曲は以前に濱地潤一さんが非常に評価していたので、いつか体調のいいときにしっかり聴こうと思っていたものだ。1聴して、濱地さんの評価の意味がよく分かった。このアルバムを通してもこの曲だけ明らかに異質で、、少なくともこの曲は(上述したような)「過去」には繋がっていない、「今」には繋がっているのではないかと思えた。これはおそらく奇跡的にすばらしいことだろう。ウエヤマトモコさんはライブ演奏などされるのだろうか、やられるのなら是非聴いてみたい。
(曲はウエヤマさんのwebで視聴できるはずだから、できるだけ静かな環境と良いスピーカかヘッドフォンで聴いてもらいたい。)

+

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Posted by shimaf at 22時21分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

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