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2012年03月19日(月)

《氷中フロレット》:3 [福系]

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つい最近まで、うまく読書をできていなかったが、
途中で止まっていた「二重らせん」ジェームス・D・ワトソンをあらためて読み進めている。

《氷中フロレット》の作曲に本格的に手を付けはじめた今年の1月くらいから、読書する(気持ちの)余裕が全く持てず、曲を書き上げてからもゆっくりとしたペースでしか読み進める事ができなかった。書き上げたのだし、しばらくいいかという心境でもあった。
逆に、全くプランのまとまらない作曲に対して、書きはじめる確信をわずかでも抱かせてくれたものは読書だった。
「生命とは何か」シュレーディンガー著(岩波文庫)に書かれていた「負のエントロピー」の話題に強く魅かれるものがあった。話題そのものは突き詰めれば、人が経験的に得ているエネルギーの循環などの話とそう変わらないのかもしれないのだけれど、エントロピーというある明確な概念を設定した上で生命の特質を抽出してみせている事がとても興味深く感じられるのだ。

“「生物体は負エントロピーを食べて生きている」”(p145、「生命とは何か」岩波文庫)という言葉を読んで、では、負エントロピーを食べているものは(何でも)生物体なのだ、という発想の飛躍は(少なくとも)可能であると思えた。
ここで負エントロピーというものを「秩序」と置き換えても文脈上差し支えないとするならば(例えばタンパク質は高次の秩序立った構造体である)、秩序の接種/循環は生命の本質と関係しているはずだし、それは物質のみならず、もしかしたら時間軸における音の構成秩序まで話を拡大する事も可能かもしれない。

また、生物そのものは(も)最も秩序立った存在の一つである。
では、秩序に生が宿る、という感覚は(通常あまり持ち得ないかもしれないが、)どうであろうか。


《氷中フロレット》の作曲に実際に取りかかるまでに、そんなことが少しずつ頭の中をうめて来ていて、2012年1月9日の夜は東京のホテルで作曲のために缶詰になるつもりでいたにも関わらず、濱地さんとチャットでそんな話をいつになく熱を持って語ってしまったりして迷惑をおかけした。(濱地さんには気持は分かるが、誰もが理解してくれるものではありませんよ、とやんわり嗜められられました。確かに。)

《氷中フロレット》作曲中、作曲後半月程度は読書の集中力が上手く続かない日々が続いた。

その後、ケンドルー「生命の糸」を読み、「二重らせん」ジェームス・D・ワトソン等をぱらぱらと読み進めている。どれも、科学者の未知の問題に対する研究姿勢、発想の転換などに刺激を受ける。

当たり前に思える事が実は、多くの経験的な感覚によって色づけされている事が非常に多くあり、それは時に判断を困難にさせているのも事実だと気がつく。

私達は男女の性に関して語ろうとするときには多くの考慮/配慮を必要とする。しかし、例えば「細菌には2種の分離した性が存在する」(p140,「二重らせん」講談社文庫)という文を読んだときはどうか。ひとまず煩わしい配慮が話題の中心でないならば、一足飛びに根本的な疑問に到達できる。
なぜ生命の進化の本質が対なのか、3つ以上の分離した性が存在しないのはなぜなのか。

《氷中フロレット》はマリンバを中心に左右に対象の構造を持って演奏される。これは単純に二重螺旋のイメージからの転用だったので楽曲の構造上の不満は今のところない。ただ、作曲時に3つ以上の対称性の可能性を一度も考えなかった事は今日反省した。

しかしひとまず対の関係に目を向けるとして、
一対(2)から1を生む関係は、生命の営みに容易く結びつけることはできる。が果たしてそれだけなのだろうか。あらゆる対関係から生まれる新たな要素に目を向けると、自己と他者、生楽器とコンピュータ、対の精神から導かれる作曲作品、、、その裾野はあまりに広いが、すべてを進化の本質と関係づけて語ることは可能ではないのか。


1と2の関係についてもう少し周りを見渡してみるには2012年は最適の年になりそうだ。

Posted by shimaf at 00時57分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2012年03月18日(日)

120317 [《変容の対象》]

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2012年3月17日に日付の変わった頃:
濱地潤一さんへピアノパート5−6小節目をようやく送る。《変容の対象》2012年3月。6小節目の自分のアプローチに少し疑問が残ったが採用した。

就寝。

朝、メール確認すると、濱地潤一さんよりサックスパートの6−7小節目が送られて来ていた。

http://d.hatena.ne.jp/hamajijune/20120316


その後、朝の時間の合間に7−8小節目を書いて、お昼まで寝かせる。

毎回冒頭に記された言葉
「我々は祈りこそすれそれが何を意味するかわからず祈っている」
を一読してから書くが、音と言葉の相互の関係が、変容の曲が進行していく中で変化していくのを感じる。

濱地さんへ7−8小節目を送る。

Posted by shimaf at 00時01分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2012年03月15日(木)

120313 [《変容の対象》]

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濱地潤一さんより《変容の対象》2012年3月のサックスパート4−5小節目を受け取っています。2012年3月13日より。

http://d.hatena.ne.jp/hamajijune/20120313

5小節目は、長く、モチーフが3つのブロックに分かれているようなサックスの旋律が書かれている。

まだピアノパートを書き始められないでいる。

Posted by shimaf at 07時42分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2012年03月13日(火)

120312 [《変容の対象》]

2012年3月12日:《変容の対象》2012年3月の3-4小節目(ピアノパート)を送る。

Posted by shimaf at 15時25分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2012年03月11日(日)

red race riot! vol.25 [レポート]

画像(320x213)・拡大画像(800x533)

2012年3月10日の夜は「red race riot! vol.25」に赴いた。
僕にとっては、ほとんど唯一、足を運ぶクラブイベントになっている。
r.r.r.としては1年半ぶりということだった。足を運べてよかったし、盛況だった。

とにかく、あまり他人の目を気にしないで音、リズムに想いを巡らせる事ができる貴重な時間である。

会場を満たしているリズミックな低音は耳以外の身体を揺らしては去っていく。この音の振動は、もともとレコードの溝に刻まれたほんのわずかな揺れを機械的に増幅してできているという事実、そしてそれを体験するためにこれだけの人が集まるということについて、もう最初から考え直したい気分になった。

イベント自体は10年目の節目を迎えているという。単純に10年で25回のイベントを開いたということだけど、これは本当に凄いことだ。

リズムは生命の根源と間違いなく関係していると思うけれど、その秘密を彼らDJが暗につかんでいるように思えてならなかった。ノリというものがまたなんであるか。今回のイベントでもその波が押し寄せては消えていく感覚を何度も体験した。最良の状態では音に埋没してしまうような感覚を覚えた。

埋没といえば、、

そして僕は「埋没」の意味をさらに深めなければならない。


とにかく、DJ、彼らはある側面における音楽の秘密を保持しており、それらをそっと開放してみせていたように思う。学び、整理することは山ほどありそうだ。


(写真は後日まとめる)

+
red race riot! vol.25 
-El futuro no se olvida del pasado.-

2012/03/10 saturday
23:00
at golden pigs black stage (ex.junkbox mini)
¥2,000 with 1drink

guests
DJ KENSEI
NUE (opuesto)
INOMATA

dj
rag radical
pal (trip)
ryu
le
jacob

Posted by shimaf at 18時58分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

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