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mimiZのライブ情報、音源などを発信していきます。

2011年12月27日(火)

111227 [《変容の対象》]

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2011年12月27日の日中:濱地潤一さんへ《変容の対象》2011年12月の7-8小節目(ピアノパート)を送る。

数日前にMimizの飛谷謙介くんと、和歌山の濱地潤一さんとでSkypeしたときに後半はJazzの話題になっていた。
飛谷くんが「最近は(以前濱地さんから教えてもらった)リー・コニッツを聴く事が多いです」などと言っていることや、濱地さんがブログでいつか紹介していたポール・デスモンドのデスモンド・ブルーなどもずっと気になっていたので何枚かそのあと購入していた。

数日前に届いて少しずつ聴いている。

今年は何故か雪を見て冬を感じる。この場合の冬とは個人的なもの、かつて自分が冬と認識していたある種の質感で、ここ数年はあまり意識に上って来なかったものだ。
僕にとってはこのような質感の中に音楽を再生させるということが、音楽を聴くということの原風景に近いとも思った。

でもそれは随分昔の記憶に繋がっているようにも思える。




Posted by shimaf at 15時03分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

111224-26 [《変容の対象》]

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2011年12月24日から25日に日付の変わった頃に濱地潤一さんより《変容の対象》の4-5小節目が送られてきており、25日の夜に確認や音を並べたりした。音数の数え方で確認事項が生じ、その夜に何度かメールでやり取りをする。濱地さんから修正するとの提案を受けた。25日の夜に修正案を受け取り、26日に日付が変わった頃、僕から返答(5-6小節目)を送った。

http://d.hatena.ne.jp/hamajijune/20111225



2011年12月26日の夜:濱地潤一さんより《変容の対象》2011年12月6−7小節目(サックスパート)を受け取る。

http://d.hatena.ne.jp/hamajijune/20111226

Posted by shimaf at 07時44分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2011年12月22日(木)

111221 [《変容の対象》]

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2011年12月21日の夜に濱地潤一さんへ《変容の対象》のピアノパート、3-4小節目を送る。

その後、流れで濱地さんとskypeでのチャットに。

ラヴェル、バルトーク、「薬指の標本」、、時間こそ短かったがここでも有意義な話になった。

Posted by shimaf at 09時03分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2011年12月20日(火)

111217 [福系]

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Dec.13,2011 Niigata

2011年12月17日に日付の変わった頃に、skyapeで濱地潤一さんと飛谷謙介さんと3人で会話をしました。

今までは互いのskypeのバージョン違いの関係なのか、なぜか濱地さんだけが会話に参加できないという不具合があったのですが、濱地さんのハードウェアの変更で今回は不具合なく3人での会話を楽しみました。

濱地さんの記述
http://d.hatena.ne.jp/hamajijune/20111217



非常に楽しんであっという間に午前6時頃に。次の日は合唱の練習などで朝から動きました、自分の顔は目が窪んでクマが出てやけに老けた顔になってにやけており、その顔に我ながらちょっと驚き、これは何かの中毒の人みたいだな、、などという言葉が無配慮に頭に浮かんだりしたのですが、
いや確かにこれはその通りかもしれない、と思い直したりしておりました。



そして気がつけばもう20日。

Posted by shimaf at 16時10分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2011年12月16日(金)

111215-16 [《変容の対象》]

画像(320x213)・拡大画像(800x533)

2011年12月15日の朝:濱地潤一さんより《変容の対象》2011年12月の2-3小節目(サックスパート)を受け取っていました。

http://d.hatena.ne.jp/hamajijune/20111215

どちらがどちらのパートか分からなくなるような、不思議な感覚を受ける。

+

12月16日の朝、雪が積もった。

やはり今年は何か雪を見ると「ある感覚」を思い出す。それが当たり前に感じていたこともあったのだが、実を言えば数年前からこの感覚は正確には思い出してはいなかった。頭で理解している経験をたぐる事はできていたとは思うけれど、感覚に包まれるようなことはなかった。

今年も完全にその感覚をつかんでいるわけでもなく、一瞬それが心によぎっては去っていく。その繰り返しの中にいる。

感覚の記憶のやり方には2種類あるのではないか。

また「この感覚」とはいまのところ極端に個人的な経験であるような気がしている。それに、それぞれどんな人でもいくつかのこうした感覚は持っているのはずであるが。では、もしこれを正確に形容することができるのかしら、と想像してみる。それは同時にそうした感覚の伝達を私自身が誰からか受け取っているのか、という問題と同じことであるはずだ。

Posted by shimaf at 18時55分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

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