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mimiZのライブ情報、音源などを発信していきます。

2011年12月16日(金)

111215-16 [《変容の対象》]

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2011年12月15日の朝:濱地潤一さんより《変容の対象》2011年12月の2-3小節目(サックスパート)を受け取っていました。

http://d.hatena.ne.jp/hamajijune/20111215

どちらがどちらのパートか分からなくなるような、不思議な感覚を受ける。

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12月16日の朝、雪が積もった。

やはり今年は何か雪を見ると「ある感覚」を思い出す。それが当たり前に感じていたこともあったのだが、実を言えば数年前からこの感覚は正確には思い出してはいなかった。頭で理解している経験をたぐる事はできていたとは思うけれど、感覚に包まれるようなことはなかった。

今年も完全にその感覚をつかんでいるわけでもなく、一瞬それが心によぎっては去っていく。その繰り返しの中にいる。

感覚の記憶のやり方には2種類あるのではないか。

また「この感覚」とはいまのところ極端に個人的な経験であるような気がしている。それに、それぞれどんな人でもいくつかのこうした感覚は持っているのはずであるが。では、もしこれを正確に形容することができるのかしら、と想像してみる。それは同時にそうした感覚の伝達を私自身が誰からか受け取っているのか、という問題と同じことであるはずだ。

Posted by shimaf at 18時55分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2011年12月09日(金)

111209 [《変容の対象》]

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濱地潤一さんへ《変容の対象》2011年12月の1-2小節目をようやく送る。

基本的なルールは濱地さんからのアイディアをもろもろ受け継いだ。

2011年12月09日。新潟は雪が降った。

Posted by shimaf at 23時27分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2011年12月08日(木)

111204 [《変容の対象》]

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横浜市 若葉台

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2011年12月5日の朝:電車に揺られ何気なく外を見ると、遠くの山が雪で白くなっていた。なぜだか、子供の頃に家族でスキーに出かけたときの雰囲気が蘇ってきて不思議な気持ちになった。ナイターのスキー場でリフトに乗っている情景、当時流行したPOPソングが山中に反響している響きの不思議さ、自分の呼吸する音だけが耳元で聴こえてなんとも形容しがたい静けさを感じたりする、子供の頃に自然への畏怖とともに感じた何気ない場面だ。
もう何年もスキーはしていない。そのせいかもしれないが、冬の雪山は今の僕にとっては過去の自分、せいぜい高校生くらいまでの自分が感じ取った何かと関係しているものとなっているようだった。

記憶とは不思議だと改めて思うと同時に、そうして自分の記憶に刻まれるような何かとはそもそも何か。そしてこうして記憶されるものは現在もあるのだろうか、と考えて、やはり現在のその渦中ではそれを判断する事は難しいな、とも思った。

それに、問題はなぜそうした感覚が記憶され、ふとしたきっかけで蘇るのか、そもそもそうした機能がなぜ備わっているのか、でもある。

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2011年12月4日:夜に濱地潤一さんより《変容の対象》2011年12月の第1小節目を受け取る。

http://d.hatena.ne.jp/hamajijune/20111204

メールには今回の動機を組み立てるのに重要な要素となる音列の組み方の説明が記されていた。その説明と動機を確認して、頭の中に次の可能性がどぅと流込んでくるのを感じるようだった。

結局、その可能性をどのように結実させるのかその決断を迫られているという気持でいる。そして4日が経過している。

+
《変容の対象》も今月で3年目が終わろうとしている。1年目、2年目、3年目とそれぞれに課題が生まれ、それに対処してきた。3年目は守り/熟達に向うかと思ったが、そうはならずに、解体/再発見を目指す方向性となった。2011年1月の曲がわずか1小節で終止するという事実が象徴的だった。

それぞれの年で、最初の動機を書く人は交代しているので、3年目の12月は濱地潤一さんからの動機からのスタートであり、これは初年(2009年)に続いて2回目となる。初年も12月は重厚な動機からはじまり1年の締めくくりにふさわしいどっしりとしたものになったのを思い出す。去年の12月は僕の動機からだったが、もうどんなものだったか忘れてしまった。

12月の動機は濱地さんからのものがしっくりくるな、と今月の動機を受け取ってそう思った。
初年に比べて旋律自体は軽やかだけれども、そこに込められているものがまた別の重厚さを備えている。

《変容の対象》もまず、2人の差異から開始され、その差異から時に第3の印象が現れる、ということを(二人とも)何度も体験してきた。その一種の幻との対話の中から記憶と関係する楔(くさび)が打ち込まれることがある。久しぶりに過去の曲を聞き返すとその頃の(おそらく心の)状態が蘇ってくるように感じるからだ。おそらくそれらも、冬山の雪化粧の風景と同等の機能的な景色となっていくものなのかもしれない。だとすれば《変容の対象》の持つ機能とは自らの内にも外にも偏在するものとなる。

ではさらに、「山の雪化粧は私にとっての《変容の対象》である。」

こうした論が可能かどうか。やや倒錯している気もするが。保留する。

Posted by shimaf at 18時59分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2011年12月03日(土)

2011年11月(2) 淡座旗揚げ公演 [レポート]

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11月28日には20日の宇都宮公演に引き続いて、東京の紀尾井ホールにて淡座の旗揚げ公演が行われた。噺と現代音楽の組み合わせなんて、どう想像していいか分からないというのが正直なところかもしれないが、絶妙なバランス感覚に支えられた面白い空間が生まれていた気がする。お客様も200名ほどと盛況で、公演後表情明るく帰られる方も多かったように思うのは多少ひいき目(関係者/お手伝いだったので)は有るにしろ、はたしてそれだけだろうかと思わずにはいられない。

噺の持つユーモアと霧のような現代音楽の組み合わせで、互いの良い部分が影響しあう瞬間の多い公演だったと思う。

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さて、11月中には《フロリゲン・ユニット》のリハーサルで横浜市の若葉台を訪れた。森林公園に巨大な住宅が建ち並ぶようなイメージで、新潟にはない不思議な場所だと思った。住民同士のコミュニティもしっかりして、お互い仲も良いという。また、音楽を愛好している方も多いという事だった。実際、中心部にあるモールでは路上で音楽の演奏なども聴かれたが、とてもヨーロッパ的な感じで演奏されており、空間に無理がなかった。高齢者は比較的多く見られ、ひょっとしたら地区全体の高齢化は進んでいるのかもしれない。ただ、ここがひとつの理想郷として計画された土地だったように感じたし、実際に培われてきたコミュニティも結果的に悪いものではないような気がした事、そして、なぜこのように強く心に迫ってくるものをいま持っている土地なのかを時々考える。

淡座のリハーサルでは仙川に何度か足を運んだ。ここもまた違った土地の空気を持っていた。駅周辺はスーパーや喫茶店などコンパクトにまとまっている、道の幅やお店の種類などはその土地に暮らす人たちの「暮らしの手癖」のようなものなのかもしれない、その間合いから何となく一瞬で伝わってくるニュアンスは感じられるからだ。
仙川に関しては最初に訪れた時に感じたものは2回目ではやや薄れた気もした。

つまり、こうした感覚はその土地そのものに留まっているものではないとも言えそうだ。自らの内に平均化されているビジョンからどれだけ異なるかという、差異の大きさによって立ち現れる一種の幻かもしれないからだ。

+

エレクトロニクスに対して
淡座の公演で作曲家の桑原ゆうさんからの要求は、生音とコンピュータからの音の境目が見えない地点を目指してほしいということだった。そこで紀尾井ホールではステージ奥に小さなモノラルスピーカを一台設置した。音量のバランスは生音と対等か時には生音より小さい音量も使用した。
技術的にはここでは意識的な「フェイク/騙し」が目指されている。リアルタイムサンプリングは行わず、あらかじめ用意された音のみを使用した。再生箇所は楽譜で指示されているので即興的な要素はほとんどない。

手段としてはこれ以上無いくらいに明確である。にも関わらず、本来異質であるはずの生音とスピーカからの音の差異が極めて曖昧になったときに、聴覚的な倒錯がおこる。一瞬どちらか分からない、という瞬間が聴き手にとってはおそらく一番落ち着かない気持にさせる要素になるだろう。

桑原ゆうさんはそれを「あわい」と言って目指していた。こういう形でエレクトロニクスを使用する作曲家も珍しいかもしれないなと思う。

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今回の公演を通して落語の「芝浜」を3回聞いたことになる。3回とも全く違う間合いだった。どれも最後には涙を誘う名演だった。紀尾井ホールでの「芝浜」が一番間合いの長いものだったと感じた。噺のこうした流動性に対して、固定化された楽譜のみで今後も対処していくのか、あるいは、違う発想からなる構造的解決策を練るかは、作曲家はじめ淡座の今後の課題なのかもしれないが とにかく次回もどんなものを見せてくれるのか今から楽しみにさせる旗揚げ公演だったと思う。

お疲れさまでした。

+

淡座は古今亭志ん輔師匠のお誘いで、来年3月4月に師匠の独演会に参加されるそうだ。世代を超えてこうした繋がりが生まれている事は傍目にもとてもうれしいし、励まされることだ。
そこでの演目が「真景累ケ淵」で、それは「村上春樹さんという作家さんが一番の物語として紹介されているそうで、、」という師匠の解説を聞いてからは頭の中で濱地潤一さんが浮かんでいる。

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打ち上げで、本條秀慈郎さんの三味線の原点がもともとエレキギターだったことは興味深かった。
チェロの藤井泉さんは普段はドイツの静かな土地で音楽に向かい合っているという。「東京はたまにはいいんですけどね。」という言葉が染みた。
デザイナーの川村祐介さんは音楽もされている、いつかそのトランペットを生で聴いてみたい。
ヴァイオリンの三瀬俊吾さんは新宿で良く飲んでいるそうだ。この日は3次会までつき合わせてもらった(始発のバスまで時間があったから)。「新宿にはこうしたコミュニティがあります。」3軒目のお店で、たしかそう紹介してくれていた。




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Posted by shimaf at 01時44分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2011年12月02日(金)

2011年11月(1) 第6回JFC作曲賞 [レポート]

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2011年11月はいろいろな精神に触れる機会の極めて多い月だった。
今年は特に発表は少ない年でもあったのでなおさらそう感じたのかもしれない。
実際に東京にも何度も足を運び、その都度心が痺れるような感覚になっては地元へ戻り、その高ぶりをやや沈めては再び向い、、というような心境だったので、平常時の心の着地点というものをぼんやりと考えることにもなった。

また、直接会って会話を交わすというシンプルなあり方が最も多かったものの、それ以外、実際には同じ場所にいない人の存在や、街そのものが持っている土地のテンションのようなものにも多くの影響を感じた。自分の中と外に常に何かがうごめいていた。ただ、それは渦中のときには分からないものでもある。



具体的日程では第6回JFC作曲賞の本選会、そして淡座の旗揚げ公演へのお手伝いを宇都宮と東京とで2回、合計3回の公演を行ったことにまつわる。



第6回JFC作曲賞については個人的には良い経験であったことは間違いなく、ここで得た事はまた今後に繋げていきたい。東京、新潟からも家族や友人が多く足を運んでくれた日でもあり恐縮だったがこんなにうれしいことはなかった。また、今回のプロジェクト中は濱地潤一さんからは時折だが的確にメールをいただいており、実際に同じ場所を共有するしないに関わらずここでも大きな精神の渦を感じた。

何よりも、自分が本番中には何もせずに曲が演奏されたこと、その事の緊張感と喜びとがとても新鮮だった。あらためて関わってくれたすべての方々に感謝の気持ちでいっぱいである。
本選会での7作品すべてあわせた奏者の総勢は約50名と大人数であり、すべての方と話ができたわけではないが、控え室は独特の熱気で満ちていた。そんな中、黙々と論文を進める飛谷謙介君も頼もしかった。
他の作曲者達と二三の会話、急遽記録係になっていた木村悟之さん(「軌跡映画1 Cyclops」)とは数年ぶりの再会で感激だったし、事務局の皆さんの働きぶり、そして何より審査員三名の熱意に心を新たにした一日だった。

JFC作曲賞の発表は後日、18日にweb上で発表となっていたが、その日は淡座との初合わせで東京だった。後日、講評をありがたく拝読した。IAMAS卒業時期のミーティングで当時指導教官だった三輪眞弘さんから
"福島君、音楽はもっと豊かなものでもあるんだよ。"というような事を言われたのをぼんやり思い出し、心を少しくすぐられるような気持になった。

あの頃から変わらない根っ子のようなものはあるかもしれない。

でも少しずつではあるが、音楽を通して共通意識を持つ重要な人たちが周りに増えているのは間違いなく、"音楽によって" 豊かに育ってきたものはある。
さぁ、これからどう答えていきましょう、ということなのだろう。

あらためて皆様に感謝を。

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木村悟之さん

          


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Posted by shimaf at 18時58分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

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オクターブから半音までの音程をそれぞれ12等分する(2)

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feedback feever vol.4 リハーサル。

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