mimiZ

mimiZのライブ情報、音源などを発信していきます。

2011年09月07日(水)

110907 [《変容の対象》]

画像(180x135)・拡大画像(800x600)

《変容の対象》も、今年は3年目です。今月9月の動機は福島のpianoからスタートの予定ですが、いっこうに書けません。
まだ真剣に鍵盤に向かってすらいません。先月は運良く後半にノッていけましたが、だんだんそのような領域を作っていくのは難しくなっているような気がしています。
しかし、先月の曲は先行してweb等で聴けるようにしようか、等、濱地さんとやり取りは続いています。

先週、夜更かしといいますか、夜中に目が覚めてそのまま朝日を拝んだりといった生活周期が続き、自然とそうなっていたので意識もしなかったのですが、学びたいことは多くあるし、形にしたいものも多くあるし、でもそろそろデスクトップ(両意)も整理したいし、などなどと、
それはそれで爽快なのですが、あるときから身体が疲れてしまって、日中眠くなるし、よくないなーと思っていました。

数日充分に睡眠を取らせてもらいました。それだけでかなり楽になりました。
かなり楽ですが、それ以前の気持と比べてすこしゆったりしてしまっているので、これはこれで良くないような気がしています。その間にも世界ではいろいろな事が起こっています。

************
9月4日に新作《フロリゲン・ユニット》のセンサリングテスト(オーボエの演奏をトリガーにしてコンピュータが動作するためのテスト)を新潟で行いました。
テストには新潟のオーボエ奏者さんが快諾してくださいました。ありがとうございます。
テストは概ね成功しました。プログラムは濱地潤一さんとの長年のやり取りで作ってきたノウハウが利用できたのでそれが良かったかもしれません。
ただ、コンピュータはどんな誤動作するか、なかなか信用できないので、もう少し調整する機会は欲しいです。




Posted by shimaf at 18時40分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2011年09月02日(金)

110929-31 [《変容の対象》]

画像(320x240)・拡大画像(800x600)

《変容の対象》2011 8月::

http://d.hatena.ne.jp/hamajijune/20110827

http://d.hatena.ne.jp/hamajijune/20110829

http://d.hatena.ne.jp/hamajijune/20110830

http://d.hatena.ne.jp/hamajijune/20110831


どうにも作業がたまってしまい、出来るだけそちらを優先しようとしていました。

無事に《変容、、》の2011年8月も良い終止となりました。濱地さんありがとうございました。9月は僕の動機から。

+++
濱地潤一さんとの共作になるであろう、濱地さん発案の曲
「埋没する3つのbluesに捧げるコンデンス・ミュージック」
のためのプログラムをMax/MSPで組んでいました。ようやく光が見えたのでここ数日の録音(テストバージョン)をまとめて濱地さんへ郵送予定。今日まとめていました。ついでに《prelude》の処理バージョンも1曲だけ加えました。

http://d.hatena.ne.jp/hamajijune/20110819

+++
他にもいろいろと動きが。
前田真二郎さんが発起人のBYTシリーズが第二期に入ったようだ。

http://solchord.tumblr.com/second831911


池田君の名前が参加者リストにない。

+++
8月27日のよるは以下を観に行った。
http://d.hatena.ne.jp/antimusic/20110827

4組4様でどれもすばらしかった。
また詳しく書ける時間があればいいが、もっと時間と体力を。
個人的には、正福寺の本堂の「鳴り」というものをとても意識した。よく集中できるタイミングでもあったとも思う。

Diesel Guitarの演奏、銀色の光の線と周りに揺らめく何層ものベールのような音響で、縦に昇る。目を開けるのがもったいないほどだった。演奏後、能勢山さんに良かったですと告げるも、納得されている様子もなかったが、思えばいつもそのような様子なのだ。演奏後の爽快感など求めていないのだろう。
でも、非常に没個性的に現象としての音がそこにあり、楽譜での記譜などとても不可能、こういうものに触れることが出来た事に独り感激していた。

他、出演者もとても良かったです。それぞれに音に対するアプローチの差異が感じられ、どれも中途半端ではありませんでした。こうした表現にじっくり向き合えた事に感謝します。


+++
27日の演奏会の直前には新潟市美術館の「アール・ブリュット・ジャポネ展」を観てきました。駆け足で観ましたが、久しぶりに美術館でとても心が動いた気がします。

Posted by shimaf at 02時39分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2011年08月27日(土)

110825-27 [《変容の対象》]

画像(180x119)・拡大画像(800x533)

2011年8月25日の朝:濱地潤一さんより早速サックスパート6-7小節目が送られてくる。

7-8小節目のピアノパートはその日の夜に送った。

2011年8月26日の深夜:濱地潤一さんより早速サックスパート8-9小節目が送られてくる。
http://d.hatena.ne.jp/hamajijune/20110825


2011年8月27日に日付が変わって数時間した頃:9-10小節目のピアノパートを濱地潤一さんへ送った。

《変容の対象》2011 8月。


濱地さんの作業時間と、私の作業時間が(《変容、》にとっては)良い感じのサイクルになっている。こうならない時がほとんどだし、ずっと持続する事は難しいし、それだけを望んでもいないのだけれど。たまにはこういう事があるのは気持がしゃきっとして楽しい。



++
‎27日、行きます。
新潟市中央区西堀通の正福寺本堂にて ANTI MUSIC LABORATORY vol.6。
詳細→ http://d.hatena.ne.jp/antimusic/

Posted by shimaf at 02時58分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2011年08月25日(木)

110824-25 [《変容の対象》]

画像(180x119)・拡大画像(800x533)

2011年8月24日:《変容の対象》2011年8月の4-5小節目(サックスパート)を受け取る。

http://d.hatena.ne.jp/hamajijune/20110823

+
2011年8月25日に日付の変わった頃:《変容の対象》2011年8月の5-6小節目(ピアノパート)を書き送る。

今月の変容、ここ数日はやり取りも頻繁で、去年までを思い出す。
内容自体はまた少しかわったアプローチになっているが、
"《変容の対象》らしさ" は留めているなと思う。不思議だ。濱地さんや僕のソロ作品とはまた違うというのが面白い。



+
第6回JFC作曲賞の譜面審査の結果が正式発表されました。
http://www.jfc.gr.jp/index.html

2011年11月11日に《フロリゲン・ユニット》が初演されます。

他にも意欲的な作品が並び、バラエティー豊かな本選会になりそうで楽しみです。これに関してはまた書く事もあるかと思います。



Posted by shimaf at 03時17分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 2 )

2011年08月23日(火)

110822 [《変容の対象》]

画像(180x119)・拡大画像(800x533)

2011年8月22日に日付が変わった頃:濱地潤一さんより《変容の対象》2011年8月の2-3小節目(サックスパート)を受け取る。

http://d.hatena.ne.jp/hamajijune/20110821

2011年8月22日が終わろうとする頃:濱地潤一さんへ3-4小節目(ピアノパート)を送る。


***********
阿部謹也 著「ハーメルンの笛吹き男 伝説とその世界」を読み終わる。
はじめて読んだのは高校生の頃だったのか。私は本を読むのは早くなく、いつも読み終わっても細部の印象的な言葉がいくつか残る程度で全体を理解した気にもなれないのだけれど、とにかく読み終わったという時間の流れだけを感じては忘れるという事を繰り返してきた。
読書の喜びなぞ知りようもないそんな高校生がなぜこの本を手に取ったのか、今でもよく分からない。少なくとも音楽に関係している話だと想像したからかもしれないし、まさに読書の喜びを知らないが故だったのかもしれない。だけれど、若者なりの感覚で多くの感情を動かされながら、1ページ1ページめくっては中世ヨーロッパの雰囲気や何か秘密めいたものに対してドキドキしながら読んだのだけは覚えている。
それから10年以上して再読してみると、当時のような何か匂いを嗅ぎながら読み進めるようなことはもう出来ないことは分かった(当時、読書とはもっと臭覚的なものだった)、それならば今は今なりの読み方をするまでであるのだが。

ハーメルンの笛吹き男というドイツの小さな町を舞台にした寓話が、なぜこうも世界中に伝るようになったのか。そして、寓話の最後はなぜあのような不思議な後味を残しているのか。

こうした事を考えるためには、一面的な歴史観からの判断は難しく、複雑な民族意識と宗教的に大きな闘争の歴史を持つ中世ドイツの、これまで光の当てられて来なかった部分に深くフォーカスをあわせる必要がある。なぜならば、逸話・伝説とは歴史家が残すのではなく、それを残さなければならないと考える庶民によって受け継がれ残されてきたものだからだ、と。

著者はそれまでの社会学で触れられて来なかった社会の下層に生きた人々に注目、研究を進める。中世ヨーロッパにおける社会的弱者は立場は様々だが、大道芸人や物乞い、遍歴楽師などもそれに含まれる。また、この時代の修道院には聖職者を目指し勉学中の修道士(学生)も多かったこと、面白いのは彼らがしばしば修道院を抜け出しては各地を放浪し、楽師のように音楽で生活を立て一種の社会問題になっていたらしい。放浪学生である。(時代は違えどヘルマン・ヘッセの「知と愛」を思い出す。)

とにかく、放浪を続け各地からやってきては去っていく存在の多く渦巻く社会とはいったいどのような世界だっただろうか。




伝説の元になった事件の究明だけがこの本の目的ではないだろう。むしろ、その困難さ、伝説は時代の要求によって変容を遂げる流動的なものでもあるし、またその民衆伝説を知識人が扱うという場合の(構造的矛盾と自己矛盾を孕む危険性も認めながら)その批判的態度を含め、新たな社会史を目指した著者の強い意志にじんわりと心を打たれるのだ。


Posted by shimaf at 00時29分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

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