mimiZ

mimiZのライブ情報、音源などを発信していきます。

2009年06月12日(金)

AACサウンドパフォーマンス道場,濱地潤一さん,水沼さん。 [告知関係です。]

画像(180x135)・拡大画像(800x600)

AACサウンドパフォーマンス道場

http://www.aac.pref.aichi.jp/bunjyo/jishyu/2009/dojo/index.html

第4回目の募集が始まっていました。

webも新しくなりました。
我こそはという方、ぜひ応募してください。

今年は本戦を見れるか微妙だけど機会があったら途中経過だけでも観に行きたい。

締め切りは7月10日までです。





今日、水沼君から先日のライブの録音が送られてきた。
実は本番前のリハーサルの録音も聴かせてもらっていたのだけれど
リハーサルに比べて想像していたより格段に強度が上がっていて驚いた。
セッションの対話としての語法もぎこちなさもなくなり、本番特有の意気込み、気合いも音から伝わってきた。
素晴らしい。こういう人たちがこれからもどんどん出てきてほしい。
水沼君ありがとう、細かくはまたメールします。


と、同時にいろいろ考えさせられる。




音楽をやりながらではあるけれど、ただ、時として
音楽として成立するものだけに頼っていないだろうか、
既知の領域だけで会話をしてしまっていないだろうか、と
自らに問い直してみたい。
僕らが今欲しているのは、語法の引用による表現の切り貼りではなく
未知で、(おそらくは美しい)直感に触れるためのなにかしらの状態で
少なくともそこには失望が残っていてはいけないと思う。
それはたとえ精神が失意の中にあったとしても。




僕は、あまり引用を好まない。ただ引用から新たなものを発見する人もいる。
身近な方で濱地潤一さんはそういう可能性があるように思う。

*********
6月13日(土)高円寺「円盤」http://enban.web.fc2.com/

19:00-/Charge¥1500

「ふきもの」

出演:徳永将豪/濱地潤一(from和歌山)/遠藤里美/ロレッタセコハン

*********
濱地さんの新曲が演奏されるようです。ただ、濱地さんの引用の仕方は引用したものをいったん可能な限り解体。そして再構築の際に直感と創造力とを駆使しているように感じられます。



そして、水沼さんも引用の人かもしれない。どれも上手に引っ張ってきて構成する能力が高いので、時々器用すぎると感じることもあるけれど、今回の録音を聴いて少し変化の兆しを感じました。
みんなこれからどこに向かっていくでしょう。楽しみです。

Posted by shimaf at 01時12分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2009年06月09日(火)

090609 [福系]

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6月9日《変容の対象》3-4小節目を濱地さんへ送る。先月から引き続きあまり大きな小節の伸縮はなく続けられる。今月の最初に提示された濱地さんからのテーマから、少しずつ変化が加わっていくような、ここまでは変奏曲の構造を保っていると思うが、意図的な変化が加えられる時も来るだろう。


6月7日
合唱団Lalariとして「レディースクワイヤJune 2009コンサート 」に賛助出演してくる。



6月5日
2009 06 05 (Vendredi)
at club junk box mini (niigata)
23:00 début

invité vivant
ツジコノリコ
http://www.tujikonoriko.com/

résidents
le(ixalods)
phal
jacob(ixalods)

を見てくる。DJはleさんとjacobさんを見ることができた(どちらも部分)。
もともとお二人のDJでDJを学ばせてもらったような所もあるのだけれど、毎回印象の異なる部分もあった。
常に変化する総体から何を発見するかを毎回意識してきたのだけれど、



:::::::::(平行)


6月9日《変容の対象》3-4小節目を濱地さんへ送る。

6月5日
rrrのイベントでツジコノリコを見る。leさんとjacobさんのDJに感激。ツジコノリコさんの演奏スタイルはラップトップを使う人達にしてみたら宿命的なものでもあるけれど、常々問題があると思っているものだ。下手をすると一人カラオケになってしまうし。でも、それだけに終わらないツジコさんはさすがだと思った。位相がかなり面白いことになっていた曲では、耳がおかしくなって、上方から音が三角形に留まるような場所があり、かっこ良かった。位相を操作すると場所によって効果がだいぶ異なる。誰もが同じように感じることは難しいけれど、面白い効果に出会えたら運がいいと思う。
それにしてもleさんとjacobさんのDJよかったな。jacobさんからは気迫のようなものを感じるのだけど、今回はやっと自分の中で整理できた部分があった。つまりは何を聴けばいいのかが少しわかったし、それらを伝えてくれる人がいるってことがうれしい。

6月7日
「レディースクワイヤJune 2009コンサート 」に合唱団Lalariとして賛助出演させてもらう。4つあるステージのうち、休憩空けの3ステージ目で歌わせてもらった。お客さんも多く入られていた。お誘いいただいたJuneの方々に深く感謝したい。
合唱は難しい、大学の頃よりはある意味要領よくこなせる部分もあるけれど、僕が合唱だなと思う瞬間は、やっぱり大学の頃に体験したなんとも言えない研澄まされたもの。合唱団の声の中で全体と個との境目を飛び超えるようなその時だ。そういった感覚をまた得ることはできるのだろうか。
打ち上げにも参加させてもらった。Lalariとしても数年に一回ぐらいしか飲み会をしないので、貴重な場になった。Juneの方々と話してみるのと同様に、lalariのメンバーの方とも、新鮮な気持ちで話をした。
舞台監督さんは学生の頃、オペラ研究会で大変にお世話になった方(照明を担当されていた)で久しぶりにお会いできてとてもうれしかった。
Juneさんのステージは1stと2ndを撮影役をしながら聴くことができた。能楽堂という声を混じらせるには難しい空間であれだけきれいな響きを作っていたのには関心した。3回ぐらい涙腺にきた。

Posted by shimaf at 22時54分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2009年06月05日(金)

haikarahakutiさんから。 [CDR系]

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濱地さんへ《変容の対象》6月の1~2小節目を送る。欲も出てくる頃だからなのか、だいぶ見える部分も増えてきたからなのか。常に新しい発見を望むなら、ここから1つの超えなければいけないハードルがあるように思う。(これは僕自身の問題意識だ、とはいえ焦ってはいけない。とも思う。)




haikarahakutiやradio free europeなどの名義で活躍されている鎌田さんのブログにてshimafのCDR作品のことが紹介されていたので、ありがたく拝見させていただきました。鎌田さんは、実はまだ大学生という若さなのですが、普段から非常に多くの音楽に触れられているようで、それに比べたら僕は何も聴いていないに等しいと思ってしまいます。ご自身の音楽もどんどん進化されており、先日の(僕は行けなかった)ライブでは円秀さんが大絶賛。
音源も非常に多くまとめられていて、そのエネルギーにはいつも圧倒されます。
僕は3枚ほど頂いているのですがどれもしっかりとした方向性を持っていて好感が持てます。やや内にこもったような作品集では、そこに僕の原点を見るような不思議な気持ちになったことがあり、そのあたりは説明できません。
いつかこのブログで感想を書きたいと思いながらなかなか書けないでいるのは、僕が彼らを把握するよりいっそう早く変化しているように思えるからなのでしょうか。
少なくとも新潟では今後さらに重要なユニットになっていくこととおもいますし、新潟と言わずとも更なる飛躍を期待しています。


鎌田さんが書いてくれたCDRの感想のリンクをここにまとめさせてもらいます。人に聴いてもらうというのは怖いことでもありますが、怖いのですが、感想を言ってもらえるのは大変ありがたいことです。

shimaf005「TATAMI KASANE KUMINAOS」(2008)

shimaf003「the several obbligatos of the sunbaked slash /」(2007)

shimaf002「finishing mirrors」(2007)


他にもいろいろな音楽を紹介されていて勉強になります。
ちなみにhaikarahakutiのCDRはbook of daysさんなどで購入できます







※shimaf名義のCDRは、いまのところその時々で一番身近にある音をとどめておくような意味合いのものになっている。
動かずにいるよりは動いてみようということで2006年の暮れあたりから枚数を重ねているけれど、このシリーズを通して今後の活動に繋がっていくような人との出会いなどもないわけではなく、今更ながらありがたく感じている。
今年はまだ一枚もまとまっていない。これにはいろいろな理由が考えられるけれど、ここには書かない。手詰まりに似た感覚がないとは言えないが、この状態こそ当初から求めていたものであったともいえる。
ごくまれに感想などを頂ける時があり、それによってまた作品の捉え方が変わり今後に活かせたりするので、どんな意見でもいつも非常にありがたく思っています。




Posted by shimaf at 00時47分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2009年06月04日(木)

変容の対象 5月 6月。 [福系]

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《変容の対象》5月も終わっており、6月は現在濱地潤一さんからのスタートで僕はその1小節目を受け取っている。

5月からは約束事を一つ追加した。
曲が終了した段階で全体を見通してその曲に副題をつけるというものだ。

どちらかというと題名をつけたりするのは僕は苦手で、なんだかイメージを限定してしまいそうだし、かといって限定しないことがいいこととも思えない、ということでかなり難題です。未だに5月の曲に対して決められていません。

音と言葉の関係をあんまり直接的には考えて来ていないので、最初から納得は望めないだろうけど、その惨めな感じも含めてしばらく続けてみようと考えています。


ちなみに、僕と濱地さんの二人でそれぞれ副題を考えることになっているので、一曲に副題が2つついていくことになります。

(途中)


Posted by shimaf at 17時33分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2009年06月01日(月)

演奏、対話、「自由」 [福系]

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2009年5月30日は「子供のためのクリエイティブダンスクラス」の発表会のために16分ほどの演奏をしてきました。

小学校低学年の子供たちが3人、それぞれ自分たちで工夫した舞台を発表していくというもので、最後には9歳の男の子のライブペインティングがありました。僕はそこでライブで演奏させてもらいました。

子供たちがとても明るく、元気で前向きなエネルギーを出していましたし、保護者を含めたお客さんの空気も暖かく、こうした中で演奏させてもらえたことはまずとても幸せなことでした。

だからこそかもしれませんが、その中で自分がどれだけ貢献できていたのか、発表が終わってからもいろいろ思うところがありました。

土居哲真さんが観に来てくださって、終演後帰りながら少しだけお話しできたのですが、教育について、「自由である」ということについて鋭い視点で話されていました。そういった分析力は土居さんさすがで、僕自身もいろいろと持ち帰ることができました。

いつもと違う環境での演奏になったために、そこからかえっていつもは前提になっている場や空気というものがいっそう意識されました。普段は当然の前提として考えていることについて(演奏者がいて、お客さんは音を主体的に聴いている)、再考してみるのも面白いと思いました。そうした意味でも今後の課題も得られた気がします。

演奏時の個人的な感想としては、子供の姿、そして描かれていく絵、は庭の花を見るようにずっとたたずんでいるわけではありません。それこそ一瞬一瞬輝きを放っては形を変えていきます。それにつぶさに反応できる要素がなければ対話としては成立しません。それはいつもmimizや濱地さんなどと音楽的に対話することとはまた別の次元の話のようです。
そして図形楽譜や庭の景色など比較的静的な物事との対話とは流れる時間が違うようでもありました。

また、こうしたことは演奏時の(主体たる奏者、ペインターの)意思の流れやつながりなどと関係する部分でしょう。しかし、それとは別に、実際その場で見られた人にとっての意識の流れもあるようです。
そこには2つの独立した物事から、どうにかしてなにかしらの意味を見つけ出す作業があったように感じました。会場の方の中には、とても良いものだったと言ってくださる方もいました。しかしこうしたことは、受け手の創造性というまた別の話になるのではないでしょうか。

(二つの全く別の意思が並列提示される中から生じるものもあるはずで、これらはいつか録音物にて試したいとずっと思っている課題でもありますが。)


久しぶりに胸と頭がいっぱいになりながら、岐路につきました。
帰りの電車の中で、当日の演奏の録音を聴き直しました。
その後、濱地さん作曲のcontempt(のバージョン違いを何曲か)を聞き直しました。私が今回、即興で何となく巡回した響きに比べて非常に遠い位置にあるように思え、こうした位置に自分が行けないことに関して非常に「不自由」を感じもしました。故に、このとき僕にとってcontemptの旋律群は1つの「自由」を、少なくともあの時の私にとっての”いまここにはない別の可能性”を指し示すものに思われました。



(まとまらないので以降このまま。)



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土居哲真さん。

『「自由」という概念は、生得的なものではなくて、習得的なものなのだと確信しました。自由とは、「このような振る舞いこそが自由なのだ」と教えられて初めて実践できるものなのでしょう。でもそれって自由じゃないですよね?とても逆説的ですね。』(その夜土居さんから頂いたメールより抜粋)

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土居さんが書かれた試論の中にも「自由」についての記述がー>
『・・・われわれ現代人は、「自由」への絶対的信頼を抱いている。・・・』






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Posted by shimaf at 00時09分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 2 )

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組曲変容の対象3月8-9小節目。

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170113「passacaglia」リハーサル

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FM NIIGATAさんにてライブ音源OA。

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