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2009年06月01日(月)

演奏、対話、「自由」 [福系]

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2009年5月30日は「子供のためのクリエイティブダンスクラス」の発表会のために16分ほどの演奏をしてきました。

小学校低学年の子供たちが3人、それぞれ自分たちで工夫した舞台を発表していくというもので、最後には9歳の男の子のライブペインティングがありました。僕はそこでライブで演奏させてもらいました。

子供たちがとても明るく、元気で前向きなエネルギーを出していましたし、保護者を含めたお客さんの空気も暖かく、こうした中で演奏させてもらえたことはまずとても幸せなことでした。

だからこそかもしれませんが、その中で自分がどれだけ貢献できていたのか、発表が終わってからもいろいろ思うところがありました。

土居哲真さんが観に来てくださって、終演後帰りながら少しだけお話しできたのですが、教育について、「自由である」ということについて鋭い視点で話されていました。そういった分析力は土居さんさすがで、僕自身もいろいろと持ち帰ることができました。

いつもと違う環境での演奏になったために、そこからかえっていつもは前提になっている場や空気というものがいっそう意識されました。普段は当然の前提として考えていることについて(演奏者がいて、お客さんは音を主体的に聴いている)、再考してみるのも面白いと思いました。そうした意味でも今後の課題も得られた気がします。

演奏時の個人的な感想としては、子供の姿、そして描かれていく絵、は庭の花を見るようにずっとたたずんでいるわけではありません。それこそ一瞬一瞬輝きを放っては形を変えていきます。それにつぶさに反応できる要素がなければ対話としては成立しません。それはいつもmimizや濱地さんなどと音楽的に対話することとはまた別の次元の話のようです。
そして図形楽譜や庭の景色など比較的静的な物事との対話とは流れる時間が違うようでもありました。

また、こうしたことは演奏時の(主体たる奏者、ペインターの)意思の流れやつながりなどと関係する部分でしょう。しかし、それとは別に、実際その場で見られた人にとっての意識の流れもあるようです。
そこには2つの独立した物事から、どうにかしてなにかしらの意味を見つけ出す作業があったように感じました。会場の方の中には、とても良いものだったと言ってくださる方もいました。しかしこうしたことは、受け手の創造性というまた別の話になるのではないでしょうか。

(二つの全く別の意思が並列提示される中から生じるものもあるはずで、これらはいつか録音物にて試したいとずっと思っている課題でもありますが。)


久しぶりに胸と頭がいっぱいになりながら、岐路につきました。
帰りの電車の中で、当日の演奏の録音を聴き直しました。
その後、濱地さん作曲のcontempt(のバージョン違いを何曲か)を聞き直しました。私が今回、即興で何となく巡回した響きに比べて非常に遠い位置にあるように思え、こうした位置に自分が行けないことに関して非常に「不自由」を感じもしました。故に、このとき僕にとってcontemptの旋律群は1つの「自由」を、少なくともあの時の私にとっての”いまここにはない別の可能性”を指し示すものに思われました。



(まとまらないので以降このまま。)



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土居哲真さん。

『「自由」という概念は、生得的なものではなくて、習得的なものなのだと確信しました。自由とは、「このような振る舞いこそが自由なのだ」と教えられて初めて実践できるものなのでしょう。でもそれって自由じゃないですよね?とても逆説的ですね。』(その夜土居さんから頂いたメールより抜粋)

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土居さんが書かれた試論の中にも「自由」についての記述がー>
『・・・われわれ現代人は、「自由」への絶対的信頼を抱いている。・・・』






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Posted by shimaf at 00時09分   トラックバック ( 0 )   コメント ( 2 )

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コメント

土居哲真さま

コメントありがとうございます。また、先日は会場まで足を運んでいただきまして、本当にありがとうございました。

コメントのお返事を昨日書いたのですがうまく反映されず消えてしまいました、改めて書かせていただきます。

あの日以来、「自由」という言葉が目に飛び込んでくるようになりました。アランのプロポの中にもその言葉を見つけたり。土居さんの試論に書かれている文章に新たに気づかされる部分が見えたり。自分なりにもう少し整理して考えていきたいです。

>「それは同一のものではないかと、ぼくには思えます。 」
興味深いです、その辺りもぜひ次回お会いできた時にお話しできたらと思います。


笑いながらまじめな話ができる人たちが幸い僕の周り(物理的な近さは関係なく)には何人かいて、それは巡り合わせや偶然や相性のようなものがあるのでしょうけれど。いつも非常に多くの刺激を受けます。決して多くはないそうした人たちとの対話をまずは大切にしていきたいです。独りでは解決できないことが多くありますし。
今後ともよろしくお願いします。

福島諭。

shimaf 2009年06月06日 23時27分 [削除]

呼んでいただいてありがとうございました。
ぼくにとっても、とてもよい経験でした。

9歳の子のライブペインティングはやはり衝撃で、それは確かに「自由」でした。
おそらく「対話」という技術も「学習」されるべきものなのでしょうね。

「演奏時の(主体たる奏者、ペインターの)意思の流れ」と「実際その場で見られた人にとっての意識の流れ」は、果たして別のものなのでしょうか?
それは同一のものではないかと、ぼくには思えます。
その話はまたいずれ。

福島さんとの「対話」は、ぼくにとっても刺激的です。

土居 2009年06月04日 21時58分 [削除]

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