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2015年03月08日(日)

150205(抜粋) [レポート]

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2015年2月5日:いよいよ明日がラウンジ・トークの本番ということで、この日はお昼に奏者の鈴木生子さんとリハーサルをする予定だった。朝食後、少しメール処理をして機材の確認。必要なものを持って高円寺へ移動。リハーサルはシステムの確認と演奏方法を復習するような形で進んだ。スピーカは1台のモノラルしか持っていかなかったのでコンピュータ処理は本番の環境でなければ分からない。それ以外の点は問題なく動作していたのでひとまず安心した。その後解散し、私は国立新美術館へ。東京へ到着した濱地潤一さんと合流する。そのまま、この日のシンポジウムに二人で向った。モデレーターは松井茂さん(アート部門選考委員/詩人/東京藝術大学芸術情報センター助教)、テーマは「メディアアートの記述は可能か?」。
事前の告知では上崎千さん(慶應義塾大学アート・センター所員)山口祥平さん(首都大学東京助教、インターローカル・アート・ネットワーク・センター[CIAN])、植松 由佳さん(アート部門審査委員/国立国際美術館主任研究員)の登壇が告知されていたが、当日は檜垣 智也さん(アート部門審査委員会推薦作品「囚われた女〜秋山邦晴のテープレコーダーのための詩による」)も登壇されており益々楽しみになった。上崎千さんはインフルエンザのためSkypeで参加という少し珍しい形にもなっていた。檜垣 智也さんの「囚われた女〜秋山邦晴のテープレコーダーのための詩による」の楽曲全て(約5分)の再生が行われた。どちらも会場の天井スピーカからの再生だったためか、普段ではあまり聴かないような効果も感じられた。特に檜垣 智也さんの作品はもしかして会場のスピーカを複数チャンネルに分けているのかとも思えるような、周波数帯の分離が上方に感じられて面白かった。
シンポジウムでは再現不能(あるいは再現することに意味のない)なインスタレーション作品をどう残すのか、作家の指定した機材が手に入らなくなった場合「作品をリタイアさせる」ということも有り得るという観点など普段音楽ではあまり意識しない事柄に新鮮さを覚えた。一方で音楽に関する記述については自分にとっては身近であるが、この日のシンポジウムの最後の質疑応答で若い質問者から音響詩とは?文字の詩と比べると表現領域が限定されすぎるのでは?という質問に、松井 茂さんと檜垣 智也さんの答えが誠実かつ真っ当でよかった。音響詩はテープなどの記録媒体が普及するに伴って模索された表現形態といえること、また今回の「囚われた女〜」についての檜垣 智也さんの立ち位置としては、"ある作品のスコアに対して1人の作家がリアライズを行ったものである"ということであり、その関係性を考慮すれば作品自体は限定的にはなり得ない。
そしてこれは時に再現芸術とも言われる音楽の、「スコアと演奏」という関係と根本的には同じ態度でありこれは当然と思う一方で、記録媒体やリアルタイムの処理機構を組み込むような作品スタイルの楽曲においては再現が困難な領域はどんどん多くなっていくだろうし、こうしたことへの配慮をどうするべきかなど、音楽だけに限ってもまだ多く(再)検討していかなければいけないものもある気がした。有意義なシンポジウムだった。

Posted by shimaf at 22時19分   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

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