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2008年06月26日(木)

音の手触り。 [福系]

画像(180x135)・拡大画像(800x600)

先日、濱地潤一さんへCDRを郵送し、その感想を聞く。やり残したことはまだあるので、引き続きやり取りを。

後日、濱地さんからの新たなCDRが郵送されてくる。非常に洗練されたもので、確かにそれは単なる素材ではなく作品であった。1、2曲目は完全なコンポジションもの。3曲目は特殊奏法と循環呼吸による約5分にわたる演奏。1、2曲目を通過した耳で聴くと音の痙攣の背後にテーマとなる地平が透けて見えるようであった。このCDRを素材にまたこちらで処理を進めることになった。その際にはプロセッシングの構造を少し変えてみる予定だ。
細かくはまた少しまとまってからにしたい。

みみづの過去音源を整理していることや、先日偶然自分の過去音源を聴いてしまったこともあり、録音物のとどめている音質について考えてしまう。
音の手触りとも言うべき質感に、必要に執着していたことがあるが、時間が経ってもそこに留まっているものを不思議に思う。普通、それらは個人的な経験と関係しているし扱うのが難しい。つまりは環境や聴くタイミングや聴き手によって伝達は定まらず、(作り手の意図の伝達などという大それたことを考えずとも)正確に行われるとは考えにくい。
一般的にはこの手の質感は音楽作品の議論の対象にあまりならないし、あえてしないことが大人な振る舞いとなっている節もある。

しかし、なにかもう少し整理したい。「**時代の音」というような類いの言葉のさすものとはそもそも何なのか。



五線譜による作品の演奏と、記録物の再生とは本質的な違いがあるのだから、ならばいっそ
記録物と時間を資材として扱うコンポジションの実験をしてみる必要はないか。

『いま1分間録音したものを、ちょうど30年後にすべて再生せよ。』



Posted by shimaf at 01時11分   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

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